2013年02月25日

「明治維新SP」でした。

NHKの大河ドラマ「八重の桜」にのっているのでしょうか?

いつもの水曜日ではなく、日曜日に「明治維新SP」として薩長土を放送していました。

今までやってきた城下町なんですけど・・・

OPにもあるように、日本に100以上あるのよね、城下町って。。。失恋
個人的には、「私の町も、徳川御三家・紀州55万石・・・いつ和歌山に来てくれるのかなあ」なんて思ってたわけですが・・・
この前始まったと思ていましたが・・・もうやったSPなんですか???あせあせ(飛び散る汗)
って、思っちゃいました。。。失恋


まあ、和歌山城は、太平洋戦争時に和歌山大空襲で焼失しちゃって・・・
ホント、小さな町なのに、あんなに大規模に空襲してくれちゃって、って感じです。失恋

きっと、アンコールが多かったんでしょうね揺れるハート
和歌山も頑張らねば!!


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posted by ちゃーちゃん at 14:22| Comment(0) | 城下町へ行こう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

「空海からの贈りもの〜天空の聖地・高野山〜」

空海 人生の言葉 [単行本] / 川辺 秀美 (著); ディスカヴァー・トゥエンティワン (刊)
空海 人生の言葉 [単行本] / 川辺 秀美 (著); ディスカヴァー・トゥエンティワン (刊)

いつもは見ないのですが・・・
あのまったり感があんまり好きではないのです。あせあせ(飛び散る汗)

「歴史秘話ヒストリア」です。
和歌山県の高野山のことだったので・・和歌山県人として見てみました。黒ハート


紀伊半島の中央部・高野山・・・標高800mを超える山の上に、100余りの寺院が・・・
およそ1200年前に弘法大師・空海が開いた真言密教の聖地です。

kuu.png

以来、たゆみなく信仰が受け継がれてきました。

参道には20万を超える供養塔があり、2004年に世界遺産に指定され、海外にも知られるようになりました。
日本人の心のよりどころです。

高野山の麓、九度山町・・・慈尊院には・・・
女性たちがお詣りした安産祈願や子育て祈願のお守りでいっぱいです。

言い伝えによると・・・
年老いた空海の母が、故郷の四国・讃岐から高野山にやってきましたたが・・・
高野山は女人禁制しかも厳しい修行の場・・・
そこで、空海はその麓で暮らしてもらいました。
そして、母を案ずる空海は、月に九度も高野山から下りてきた・・・
そこからこの地が九度山と呼ばれ、この寺が女人高野と与荒れるようになりました。

高野山にある大門・・・
高さ25メートルの大きな門、ここから先は女人禁制、真言密教の聖地への入り口です。

密教が中国からもたらされたのは平安時代の初め・・・
唐に渡った空海が・・・
「生けるものすべてが その身のまま 仏となる」
新しい考え方を広めようととしました。
朱色に色どられた「根本大塔」
この中には、空海がもたらした密教の世界を目で見て感じることが出来ます。

曼荼羅・・・密教では大切なものです。
2枚一組とされ、仏の教え、悟りの境地を現したものです。
私たちの世界の成り立ちが表現され・・・また、悟りに至るまでの道のり・境地を示してくれています。
曼荼羅を通して、仏の教えを感じとり、正しい修行を行えば、人は誰でも生きている間に悟りを開けるという”即身成仏”の教えを説きました。

空海の弟子たちは、寺を建て・・・そこは現在・宿坊となっています。
そこでは修行や精進料理が体験できます。
空海の時代は、僧侶は一汁一菜の粗末な食事でした。
肉や魚の他、ニラ・ネギ・にんにく・生姜・ラッキョウなど…匂いのキツイ野菜は禁じられていました。
そのうちに皇族や貴族達の高野詣でで料理の工夫が始まりました。

東西5q・南北3qに広がる高野山の中でも、神秘的なのが奥之院。

oku.png

奥之院に向かう2qの参道には・・・平安時代からの供養塔が立ち並び・・・
その中には武田信玄・勝頼親子・上杉謙信の霊屋・・・樹齢数百年の杉木立の中に立つ奥之院・燈籠堂。。。
空海を拝む場所です。

そして弘法大師への信仰は、全国に広まり・・・高野詣でや四国八十八か所を巡礼するお遍路さんが根付いてます。

空海の仕事のひとつに・・・
仏像や仏具、経典を整えて密教の布教の土台を作ったことです
漢頂暦名・・・祈祷・・・法具・・・曼荼羅・・・仏像・・・立体曼荼羅・・・

空海の残した言葉・・

「あなたの心が暗闇であれば
  出会うものは
   ことごとく禍いとなります

 あなたの眼が明るく開かれていれば
  出会うものは
   すべて宝となります

 正しい道は
  遠くにあるものではありません
 あなたの心ひとつで
  目の前に開かれるのです」

理知的で前向きな空海・・・

しかし・・・

「哀しい哉 哀しい哉 復哀しい哉
 悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉」

という言葉も残しています。
この言葉にはあるエピソードが・・・
空海が数多くの弟子の中でもかわいがっていたのが智泉。

平安時代の初め、20代の空海は仏教を志し、山林修行に明け暮れていました。
この頃、このような僧は私度僧と呼ばれ、正式な僧侶としてみとめっれていませんでした。
しかし、修行を続ける空海。
その頃弟子となったのが、智泉。姉の子で、弟子になったのは14歳のときでした。
最初の弟子だったのです。
いつも光と影のように寄り添っていました。

しかし・・・804年空海は、仏教を学ぶ留学生として遣唐使船に乗り込み、唐の国に渡りました。
密教を2年間ですべて学んで、帰国します。
が・・・空海は、国から20年間の留学命令を受けていたので都に入れません。
この窮地にかけつけたのが智泉。
力強い味方になったようです。

智泉に密教を教えます。
そして・・・嵯峨天皇が即位します。
密教に強い関心のあった天皇で、許され都に入ることが出来ました。

嵯峨天皇に書を献上・・・天皇の信頼を得るために!!

嵯峨天皇には子供がいなかったので祈祷を命じられます。
智泉は昼夜問わずに祈祷をし・・・翌年男の子あ誕生。
後に皇太子となりました。
これは、空海をかなり助けます。


高野山に修業道場を作りたいと申し出る空海。

「紀伊の国に幽玄で静かな平地があります。
 その名を高野と言います。
 荒地の草木を刈り、平らげて
 修行のできる一院を建立したいのです。」

それは許され、寺院の建立が始まります。
忙しい空海の手足となって働く智泉・・・
しかし、高野山は標高800m・・・冬には雪が!!!


825年・・・智泉が37歳の若さで亡くなってしまいました。
その時に言ったのが・・・
「哀しい哉・・・・・」だったのです。

「悟りを開けば この世の悲しみ 驚き
 すべて迷いの生み出す
 幻に過ぎないことはわかっています
 それでも あなたとの別れには
 涙を流さずにはいられません」

832年空海は高野さんで最初の法要を行います。
その流れをくむ万灯会はいまも続いています。


平成27年高野山は空海の開創から1200年目を迎えます。
高野山大伽藍・・・唯一の弱点は落雷。
高野山は幾度となく落雷に遭い、江戸時代だけでも4回も焼失しました。

しかし、多くの人の努力によって復活してきました。
そして、空海の密教への想いは受け継がれ、今もその信仰は衰えることはありません。
今現在、1200年に向けて江戸時代の火災で焼失した中門を、最古の記録に基づいて復元しています。

空海が高野山開創に託した願いはいまも大切に受け継がれています。


高野山、和歌山人にとっては本当に身近で、でも聖地です。
ここに行くと背筋がしゃんとするというか、下界とは違ったピンと張った空気感がたまりません。
例えば、「帽子脱がなくっちゃ揺れるハート」みたいな。

奥之院へと通じる道には、武田信玄以外にも・・・
豊臣秀吉、織田信長、石田三成、薩摩島津家、伊達政宗、武田信玄、大岡越前・・・なんかのお墓もあります。他にも前田とか、いっぱいあったような・・・
神を神とも思わない織田信長もあるなんて、お墓の前に立つとちょっと不思議な気分になります。あせあせ(飛び散る汗)

紀の川筋には、真言宗の信者さんが多いです。
わが家のお寺の上は根来寺ですが、もちろんその上は高野山です。揺れるハート
何かあると、高野山に行きたくなります。
気持ちが引きしまります黒ハート
本当に今も庶民に親しまれている弘法大師さんです。

知識の中の仏教はこちら。 

空海の風景〈上〉 (中公文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 中央公論社 (刊)
空海の風景〈上〉 (中公文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 中央公論社 (刊)
空海の風景〈下〉 (中公文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 中央公論社 (刊)
空海の風景〈下〉 (中公文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 中央公論社 (刊)

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posted by ちゃーちゃん at 10:11| Comment(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

タイのバンコクには・・・東京都バンコク区が!?

アジア力 [単行本] / 後藤 康浩 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)
アジア力 [単行本] / 後藤 康浩 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)

日本人向けの幼稚園がバンコク市内に13か所もあります。
日本企業のタイ進出に伴って、家族を連れて赴任することが増えているのです。
2012年8月には東南アジア初のスーパー銭湯が登場しました。
Shibuya19も・・・バンコクには日本が溢れています。
古くからの親日国家ほほえみの国・タイに照準を合わせてきています。

タイ王国・・・人口約6600万人・面積51.4000㎢、日本の1.4倍です。
日本の企業が進出ラッシュ。
去年の日本からの直接投資額は・・・
中国が6860億円に対し、タイは1兆1300億円になっています。
どうして進出ラッシュなのでしょう???
それは、「タイ=中国−反日−模倣品」だからです。

バンコクは好景気に沸いています。
そこに出来た新名所・・・丸ごと日本デパートがありました。
その中でも賑わっているのが日本食レストラン。
バンコクの13,000軒中1700店が日本食レストラン・・・世界一日本食レストランの比率が高いのです。
そこで、ジャパンフードフェスティバルが行われました。
これからタイに進出しようとするお店が挑戦しています。

そこには“ぼてじゅう”の姿もありました。
中国撤退後のタイ進出を検討です。
2009年に中国・上海に進出したものの・・・
模倣問題の為に撤退していました。
中国人スタッフが、レシピを持って店舗を出してしまったのでした。
タイの日系企業とは、守秘義務を結べるのが一番のメリットです。
秘伝の粉になるものを現地で調達します。

テーマは“現地調達”で挑む参加8店舗。。。
ぼてじゅうには列も・・・
価格は150バーツ。地元の人の反応は・・・美味しいと、上々です。
ぼてじゅうは、今年の夏にタイに進出、韓国・台湾・シンガポール・・・アジア4か国地域の拠点にしようとしています。

タイと日本は600年以上も前から親交があり、14世紀のアユタヤ朝には日本人街があったと言われています。
第2次世界大戦の時も、タイには侵略していない・・・ということも魅力の一つです。
って、たぶんにご迷惑をかけたと思うのですが・・・
どうでしょう???
また、国王が国民の象徴であること、仏教国であるということも親近感がわくと言えます。

2011年の大洪水・・・ピーク時には国土の1/3が浸水しました。
日系企業460社が被災、この時の被害は、3兆5000億円と言われる巨額なものでした。
当時タイは、世界最大のHDDの生産国だったので、日本でパソコンやDVDレコーダーが・・・プリンターも品薄になりました。


現在その地域は・・・ひっそりと静まり返っていました。
廃墟と化した工場・・・
サハラタナナコン工業団地・・・洪水後7割が閉鎖し、別の場所へ移りました。

あの時飲み込まれたHONDAは・・・???
新しい壁を延々と築いていました。
その高さ6m。
壁の中は車で埋め尽くされていました。
2012年3月に再開し、フル稼働しています。
今、タイでは日本車が沸騰!!
日本車のシェアは、88%に上ります。


洪水被害のなかった地域には・・・
アマタナコン工業団地が!!
東南アジア最大の工業団地です。
今後、どんどん拡張する予定です。
総従業員数15万人。進出600社のうち7割が日系企業、自動車関連企業が集積しています。

ここに、日本からの視察団が殺到しています。
中国のリスクを避けタイに・・・!!

タイでよみがえった家族的経営。
タイ人は社長をお父さんとしてみる風潮がります。
一緒に食事をして、お酒を飲んで分かり合うことが出来るのです。
高度成長期の日本が見受けられます。
タイでの成功の秘訣は、アットホーム経営なのかもしれません。

1年間の労働争議の件数は・・・
タイが66件なのに対して中国では60万件にも上ります。
どうしてこんなに違うのか???
もちろん気質の問題もあるでしょう。
しかし、中国は社会構造が工場労働者、農民といった低所得層とその上の中流層との格差が激しくなっている・・・この軋轢が不満となって表れてきています。
対してタイは・・・工場労働者も含めて中流になってきているのです。
だからこそ、不満も小さくて・・・数字となって表れてきています。


ちなみに、一般行員の平均月収は・・・

深圳・・・・・・2万9481円
ハノイ・・・・・1万0323円
プノンペン・・・・・7626円
ヤンゴン・・・・・・6324円
ジャカルタ・・・1万9437円
バンコク・・・・2万6598円

中国とタイはあまり変わりません。
給料だけを見ると、タイの競争力はあまりありません。
また・・・国が導入した300バーツ政策。
今年から最低賃金を最大90%引き上げ1日300バーツ(900円)にしようと義務付けました。
しかし、企業にとっては、出費がかさむことになります。。。

日本企業の進出のメリットはなくなるのでしょうか???

“タイは大アジアの心臓に”

タイは、ASEANの一国です。
成長率がぐんぐん上がっています。
ASEAN市場の中心であるタイには、成長の追い風が吹くことに間違いありません。
ASEANは、ASEAN経済共同体(EUのようなもの)を2015年に創設予定です。
人・物・お金の移動が自由になります。

そうなると、周辺の国からタイへの出稼ぎが自由となります。
労働力の供給が期待できます。
タイをベースキャンプとして・・・分工場を造るという展開も出来るかもしれません。

ASEAN+インドを中心とする南アジア・・・これが、経済の基盤となっていくことでしょう。

日本は取り残される???
アジアから刺激をもらって、日本企業も変わっていかなければなりません。

勝つ工場―モノづくりの新日本モデル [単行本] / 後藤 康浩 (著); 日本経済新聞社 (刊)
勝つ工場―モノづくりの新日本モデル [単行本] / 後藤 康浩 (著); 日本経済新聞社 (刊)

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posted by ちゃーちゃん at 11:33| Comment(0) | 未来世紀ジパング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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