2012年05月10日

和歌山城散策

5月5日に和歌山城に行ってきました。黒ハート

本当に、5月のみどりは綺麗です。

虎伏山(とらふすやま)に白亜の天守閣がそびえ、御三家の威容にふさわしい風格を醸し出しています。
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和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。

その築城を担当したのが、築城の名人藤堂高虎で、本丸・一の丸を造りました。

まず、秀長の城代として桑山重晴が入り、慶長5年(1600)には、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が入城。

そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10子・頼宣が入城し、紀州55万5千石の城となり、以来、水戸・尾張と並び、徳川御三家のひとつとして、長い歴史を刻んできました。

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和歌山城の石垣には、紀州特産の青石(緑泥片岩)が多く使われています。


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こちらは紅葉渓庭園。

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和歌山城内にある風雅な庭園です。ひなびた茅門。。。ここをくぐると、静まり返った空間が開けます。
紅葉渓庭園は、徳川頼宣が西の丸御殿に築いたものです。
浅野公時代に築かれた内堀の一部と、虎伏山の起伏をたくみに利用した庭園です。

池は山すそから湧き出る泉を利用して作られ、池の中央には舟の形をした「御舟石」があります。
紅葉渓橋をはじめ、土橋、石橋と風情のある橋がたくさんかかっていて、滝の音が何とも心地よい気分です。

紅葉渓庭園という名の通り、紅葉の眺めは素晴らしいのですが、この5月の新緑の季節も気持ち良く、マイナスイオンを体全体で感じることが出来ます。

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こちらは「御橋廊下」
御橋廊下は、江戸時代には藩主とお付の者だけが藩の政庁や藩主の生活の場である二の丸と紅葉渓庭園のある西の丸を行き来するために架けられた橋で、屋根を設け、外からは見えないつくりになっていました。斜めに架かる橋としては、全国的にも珍しい構造です。
約11度の角度で斜めになっているため、滑り止めのために段差がつけられています。

そして、この橋は中を通ることが出来ます。
お殿様になった気分でどうぞ。黒ハート

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こちらは「伏虎像」

江戸時代、和歌山城は別名「虎伏竹垣城」と呼ばれました。
これは、和歌山城の建つ山が虎の伏した姿に似ていたためと言われています。
この像は、和歌山城の別名にちなんで、昭和三十四年に作られました。

4月は桜で綺麗な和歌山城。
5月はつつじの季節です。

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たくさん咲いて綺麗だろうなあ・・・と、思って行きましたが、今年はもう終わっていたようです。
この間まで桜が咲いていたのになあ・・・。バッド(下向き矢印)

天守閣に登れば、和歌山市街が見渡せ、紀ノ川がゆったり流れているのがよくわかります。まずここで和歌山市全体を頭に入れて、観光を始めるのもひとつの方法かも。
是非来てください。揺れるハート

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ラベル:和歌山城
posted by ちゃーちゃん at 17:39| Comment(0) | 和歌山探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

片男波と不老橋と山部赤人

山部赤人が、片男波を詠んだ有名な歌。

「 若の浦に 潮満ち来れば 片男波
         葦辺を指して 鶴鳴き渡る 」


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こんな海を見ながら読んだのかなあ・・・。と、思える雰囲気のある観海閣のある場所です。

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こちらは不老橋。

”不老橋”は、紀州藩第10代藩主の徳川治寶の命により、徳川家康を祀る紀州東照宮の和歌祭りの際に片男波の松原にある御旅所に向かうために通行した御成道に架けられたアーチ型の石橋です。

江戸時代のアーチ型石橋は、九州地方以外では大変珍しく、特に勾欄部分の彫刻が優れています。

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本当に、きれいですね。

その向かい側に塩竈神社があります。

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古くから安産の神として信仰されてきた塩竈神社は、大正6年に玉津島神社の祓所から神社になりました。

伽羅岩と呼ばれる結晶片岩でできた鏡山の南面に位置し、海風により自然に形成された洞窟の中には小さな拝殿が造られています。このほこらの中に神体の鹽槌翁尊(シオツチノオジノミコト)が祀られています。

神話では、兄海幸彦から借りた釣り針を失くし、兄の怒りにふれて困っている弟山幸彦に鹽槌翁尊が海神の所へ行くよう教えたそうです。

のちに山幸彦は龍宮の豊玉姫を娶られ、姫は懐妊し安産によって御子を授けられました。
このことから尊は、子授け・安産守護の神として古くから厚い信仰を受けています。

また、江戸時代の和歌山では「一に権現(紀州東照宮)、二に玉津島、三に下り松、四に塩竈よ」と歌われ、塩田の塩を焼く釜からこの名が付けられたといわれています。


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私たちも、あーこの生まれたお礼参りをしてきました。

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本当に潮の香りたっぷりの、情緒ある若の浦でした。

是非、お越しください。揺れるハート

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posted by ちゃーちゃん at 16:17| Comment(0) | 和歌山探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和歌の神様・玉津島神社

東照宮や天満宮から歩いて来ることの出来る玉津島神社です。

「もうすぐ海かなあ揺れるハート。」
 なんて、海を目指して歩くと、見えてきました。まあ、どこに歩いてもここら辺は海に当たりますが。あせあせ(飛び散る汗)

桜がとても綺麗でした。
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当日は、第3回和歌の浦万葉&そとおり姫桜まつりが催されていました。
桜の中、お抹茶を頂いたり、短歌を詠んだり、音楽を奉納したり、情緒があって雰囲気たっぷりです。
が、我が家には時間がなく、余韻も楽しめないままでしたが。。。あせあせ(飛び散る汗)

入り口には小野小町が着物の袖をかけたといわれる「小野小町の袖掛塀」がありました。
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が、こんなに綺麗なのexclamation&question
って感じですが、まあ、良しとして・・・。揺れるハート

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この玉津島神社、稚日女尊、息長足姫尊、衣通姫尊の3柱に明光浦霊(あかのうらのみたま)を配祀しています。

古来玉津島明神と称され、和歌の神として住吉明神、北野天満宮と並ぶ和歌3神の1柱として尊崇を受けることになりました。(近世以降は北野社に代わって柿本人麿)。


社伝によれば、神功皇后が紀伊半島に進軍した際、玉津島神の加護を受けたことから、その分霊を祀ったのに始まったといいます。

神亀元年(724年)2月に即位した23歳の聖武天皇は、同年10月に和歌の浦に行幸してその景観に感動、この地の風致を守るため守戸を置き、玉津嶋と明光浦の霊を祀ることを命じた詔を発しました。これが玉津嶋の初見です。この時同行した万葉歌人山部赤人の詠んだ歌

若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る
− 『万葉集』巻第六(国歌大観番号919)

は有名ですが、当時は島山があたかも玉のように海中に点在していたと思われます。

平安中期の歌人として名高い藤原公任も玉津嶋に詣でています。

そして、山部赤人の歌碑がこちら。
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やすみしし わご大君の常宮と 仕え奉れる 雑賀野ゆ
「そがひに見ゆる 沖つ島 清き渚に 風吹けば 白波騒ぎ
 潮干れば 玉藻刈りつつ 神代より しかぞ貴き 玉津島山」

「沖つ島 荒磯の玉藻 潮干満ち い隠りゆかば 思ほえむかも」

「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」


こちらは、その隣にある「根上がり松」。
自然の力強さを感じます。

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徳川頼宣などによって近世に整備された玉津嶋神社は、和歌の浦の名所として巡礼をはじめ大勢の人々が詣でるところとなりました。
天満宮や東照宮も、片男波も近いしね。

現在においても玉津島神社とその一帯は、和歌の浦の歴史的景観の代表と言えるでしょう。

次は、その一帯へ。黒ハート

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ラベル:和歌 玉津島神社
posted by ちゃーちゃん at 08:11| Comment(0) | 和歌山探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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