2012年08月07日

てくてく福井 〜永平寺〜

夏休みを利用して、永平寺に行ってきました。

P7220826.JPG

空気もリンと、澄んでいるような気がします。

P7220829.JPG

永平寺は、今から約760年前の、1244年、道元禅師によって開かれた、座禅修行の道場です。
今でも道場なので、修行していらっしゃるお坊さんがたくさんいます。

道元禅師は、14歳の時に比叡山で出家し、24歳の春中国に渡り、天童山の如浄禅師について激しい修行をされて、お釈迦さまから伝わった「座禅」という正しい仏の教えを受け継がれて日本に帰ってきました。
はじめは京都に道場を作りましたが、後に越前の国に移り、永平寺を開かれました。


P7220834.JPG

これらの建物は、伽藍といい、僧侶が修業をする正常な場という意味があります。
この中でも七つのお堂は、「七堂伽藍」と呼ばれて、日常の修業に欠かせない建物です。

P7220841.JPG

P7220842.JPG

永平寺山門の四天王です。

こちらの顔も、良く見ると「あ・うん」になっています。

おまけに、ウエストにあるベルトのバックルのような模様も、「あ・うん」ってなっています。黒ハート

なんて御茶目な四天王なんでしょう。揺れるハート

P7220847.JPG

中は、本当に綺麗です。
7月の終わりに行ったので、緑が鮮やかです。
秋には紅葉が、冬には雪が綺麗なのでしょうね。

P7220853.JPG

四季折々の綺麗な衣装をまとう永平寺ですが、やはり、実際に修業をされているということもあり、私たちの気持ちも引き締まります。

寝ることも、食事をすることも、トイレに行くことも・・・
人生はすべて修業なのだそうです。

ひと時でもそんな気持ちに触れて、一日を大切に、日々精進に出来たらいいなあ・・・って、思うのですが。
三日坊主な私です。


↓ランキングに参加しています。揺れるハート
↓応援してくれると嬉しいです。るんるん

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

芸術・人文 ブログランキングへ
ラベル:永平寺
posted by ちゃーちゃん at 15:09| Comment(0) | お出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海上自衛隊護衛艦「いそゆき」

海上自衛隊護衛艦「いそゆき」が和歌山にやってきました。

7月28日・29日と和歌山港で一般公開されました。

P7281089.JPG

自衛隊に対する理解を深めるための公開です。

基準排水量:2,950t

主機械:ガスタービン4基2軸

速 力:30kt
 

そして主要兵装は・・・

62口径76ミリ速射砲x1
SSM装置一式・短SAM装置一式
アスロック装置一式
3連装短魚雷発射管x2
哨戒ヘリコプターx1
高性能20ミリ機関砲x2

です。


こちらが高性能20ミリ機関砲。
P7281098.JPG


対艦攻撃ミサイル「ハープーン」
P7281118.JPG


アスロック装置一式
P7281106.JPG
P7281122.JPG

この中身が見えている演出が、いかにもオタク心をくすぐります。揺れるハート

そしてこちらが・・・
哨戒ヘリコプター。
P7281126.JPG


見ていると、素直に、カッコいいと、思うのですが。。。
こんなのを持っていると、”勿体ない”とか、”撃ってみたい”とか思わないのかなあ・・・
と、単純に思います。

軍ではないという自衛隊。
東日本大震災をはじめ、最近よくおこる日本の災害・外国の支援・日本の船を外国の海賊から守る・・・


色々な平和活動をしている自衛隊ですが、海賊から日本の貿易船を守るという理由で、アフリカのジブチに当たり前の様に海外基地を置いています。
ソマリアの海賊対策ですが、ビックリしたのは、自衛隊のジブチでの英語訳が「JAPAN  NAVY」って、なっていること。。。
理由は、”自衛隊”を英語訳出来ないから解りやすいようにだそうです。。。あせあせ(飛び散る汗)


やっぱり、どこをどう切っても、この「いそゆき」も・・・たらーっ(汗)

いえいえ、そんなことはおいといて、今回は、単にいつもは出入りできないところに潜入できたことを素直に喜びます。黒ハート

そして、パパ様が・・・
「おっ!!ママの大好きな旭日旗揺れるハート
と、写真に撮ってくれました。るんるん
P7281135.JPG


今日も楽しく、見学させてもらいました。

もうすぐ、あの暑い夏がやってきます。
平和に活動してくださいね。黒ハート

↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。揺れるハート
にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

社会・経済 ブログランキングへ
posted by ちゃーちゃん at 05:21| Comment(0) | お出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

てくてく福井 〜丸岡城〜

丸岡城は1576年(天正4年)、織田信長の命により柴田勝家・甥の勝豊が一向一揆平定の為に築いたお城です。

img56058606[1].jpg

柴田勝家は、その前年に築いた北ノ庄城を居城としていたので、この丸岡城は北ノ庄城の支城にあたります。


築城後は勝家の甥の柴田勝豊が城主となりますが、1582年(天正10年)の本能寺の変の後は・・・
安井家清、青山修理亮、青山忠元、今村盛次と次々に城主が変わり、
1613年(慶長18年)に本多成重が4万3000石の藩主として入城しました。


1624年(寛永元年)福井藩二代目の松平忠直が不行跡を理由に豊後配流となり、福井藩に減封などの処分が下され。。。それと同時に本多成重は福井藩より独立。大名に列し、丸岡藩が成立しました。

1695年(元禄8年)にはお家騒動が起こり、有馬清純が入封し、以降明治まで有馬氏が藩主として続きました。


丸岡城は越前平野のほぼ真ん中に位置しており、小高い丘の上に築かれた平山城です。

一向一揆との戦いの舞台になったお城ですが、戦の度に大蛇が現れ、霞を吹いて城の危機を救ったという言い伝えがあるそうです。




img56058607[1].jpg


この丸岡で有名になっているのは、一筆啓上の手紙です。

江戸時代になって藩主として入封した本多成重公の父、本多作左衛門重次が長篠・設楽が原の戦いに参陣していた折・・・

"一筆啓上、火の用心、
おせん泣かすな、馬肥せ"

と丸岡にいる妻に送った手紙です。


↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。黒ハート
にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ
ラベル:丸岡城
posted by ちゃーちゃん at 11:40| Comment(0) | お出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。