2013年02月26日

第七回「将軍の首」

今回はちょっと難しかったなあ・・・失恋
って、思いませんでしたか?

八重の桜 1
八重の桜 1
文久2年・・・
天誅の嵐が吹き荒れる京都へ・・・たらーっ(汗)

覚馬も上洛が近づいてきました。。。
なんと、雪子は修理様について行かないようです・・・。
そうだたっけ???ってことは、これで最後ということ???あせあせ(飛び散る汗)

山本家でも旅の支度が・・・
みんな愛し、愛されてますね黒ハート

そして、それぞれの想いを胸に、旅立ちのときが・・・

城には・・・
「みな堅固で・・・exclamation×2
ひとり残る頼母の姿がありました。
頼母さん・・・蟄居してるんじゃないの?
これじゃあ、国許を守っている家老のようですよ黒ハート

京に上る藩士たちはその前に、江戸藩邸に集められ・・・
そこでは容保の檄が!!!

「皆も承知と思うが、今は・・・朝廷とご公儀が手を携え、
 一体となって 進んでいかねばならぬ時である。

 それにはまず、都が平安でなければならぬ。
 京都守護は重いお役目だが、それを果たす事ができるのは会津をおいて他にない。
 この上は、ご先祖代々の名を辱めぬよう、一心に勤める覚悟じゃ。

 君臣心一つにし・・・都をお守り致そうぞ!!
 宜しく頼みいる!!」


そして、その翌日、千名の会津藩士たちは江戸を発ち、三条大橋を渡り・・・
文久2年12月24日に、京都守護職として都に入りました。

「勇壮なもんやなあ・・・
 きれいなお殿様や・・・!!」

yae.png

yae2.png

よく似ていますよね。黒ハート
今のところ、この人が一番似ていると黒ハート
この時代は写真も出てくるので、なかなか演技しにくい部分があるでしょうね。。。あせあせ(飛び散る汗)

会津本陣は、黒谷の金戒光明寺・・・
容保は、都に入ってその日に近衛 関白の屋敷を訪ねます。

「京雀ちゅうもんはほんまに口さがないもんやで。
 ほやけど、会津のお行列は絵巻物のようやと大層な評判や。」
ああ・・・なんか悪いこと考えていますよ・・・さすが麿です。。。あせあせ(飛び散る汗)

「都のことは、少しも存じません。
 何卒お引き回しのほどをよろしくお願い申しあげます。」


とかくこの世はお金の様で・・・
それぞれの麿が、いろんな藩と絡んでおりますあせあせ(飛び散る汗)
あ・・・三条実美も出てきました。
役者が揃ってきましたよ黒ハート

文久3年1月、容保は初めて宮中に参内し、孝明天皇に拝謁・・・。
御簾の中には帝が・・・。

「左近衛権中将源容保にござります。
 臣容保謹んで守護職着任の儀を申し上げ奉りまする。」

「遠路よりの上洛、大儀である。
 無事着任の事めでたく思う。」
と・・・お付の者が代返しておりますが・・・

しばしの沈黙の後、なんと緊張の黒ハート容保の心をわしづかみ黒ハートなことが!!

主上から”御衣”を下賜されたのです。

「まことに畏れ多い事やが主上より格別のお志であらしゃります。」

もらっちゃ駄目よ!!容保!!

声も出ない容保・・・
そこに追い打ちをかけるかのように黒ハート
御簾がするすると上がり・・・
そこには現人神が!!!揺れるハート

yae3.png
麿はやっぱり歌舞伎派がお似合いです。黒ハート
主上は容保に向かって微笑まれ。。。

「我が衣じゃ。直して陣羽織にでもせよ。」
感動に涙ぐむ容保がそこにいました。黒ハート

なんと心を操るのが上手いのでしょうか???
麿なんて、昔から戦えないしお金もないし、”知識”しか武器がないからなあ・・・揺れるハート
こうやって、今までやってきたのでしょう。黒ハート

御衣を賜ったと喜ぶ家臣たち!!
古来稀なことで、江戸幕府が開かれて以来・・・触れ回っていますが・・・
これをもらってしまったことが一大事だったのに・・・失恋

戻ってから、容保は修理に語ります。
「やっぱおかしいんじゃないの?」もとい!!

「のう修理。何故であろうの?
 初めて参内したわしに、主上は御衣ばかりかお言葉まで下さった・・・。」

「誠を尽くす殿の思いが帝にも伝わったのではありますまいか。」

「主上はご存じなのであろうか?
 尊皇を唱える者が偽勅を出すなどと。
 都をこれ以上血で汚すは恐れ多い。
 穏やかに事を収める道を探らねばならぬ。」


それから間もなく、慶喜と春嶽が京に来ました。
この慶喜ってちょっと含みがあって・・・今までとは違います。黒ハート
そして、京都の治安のことについて、容保とあれやこれやと話し合いを。。。
孝明天皇の為に、何とか京を地で汚さない様にしようと思っている容保・・・なのに・・・
慶喜は容保の温和なやり方には反対の様で・・・
「だが、それがしは御用繁多とてもの事につきあえぬ。
 守護職に任せる。ご勝手にやられよ。」
と、慶喜は出て行ってしまいました。失恋


会津藩士の間でも、この事では意見が割れて。。。

「誠を尽くして動かぬものはない。
 百の策略より一の誠が人を動かす事もありやす。
 浪士や攘夷派諸藩の中にも人物はきっといる。」

と、覚馬は考えているようです。

しかし、それから間もなく街中に像から引き抜かれた首が並べられるという事件が起きました。
首は、北山等持院にある足利将軍三代の像から引き抜かれたものでした。

「捨て札を見ろ。足利将軍は朝廷を軽んじた逆臣とある。」
「将軍が逆賊…では、これは徳川への当てつけか?」

間もなく犯人は知れ・・・。
会津藩の密偵、大庭恭平が一味に加担していました。

「尊氏公は朝廷から官位を賜ったお方。
 その首を辱めるは朝廷をおとしめるのと同じ!!」

「尊皇を唱える浪士たちが、何のために左様なまねをするのか。」

ミイラ取りがミイラになってしまいました。
そういう容保の前で、大庭は突然刀を抜き、自害しようとした。
慌てて抑える藩士たち。

大庭は・・・。
「さらし台に首を並べたのは、それがしにごぜえまする。
 足利将軍の首は公方様のお首。
 攘夷をされぬ将軍はいずれ首を討つとの脅しにごぜえまする!!」

「公方様を討つだと?」

「そなた、探索のために一味したのであろう?
 やつらと心を通じたのではあるまい!!」

「・・・分がらんです。
 やつらと共に熱に浮かされ・・・。
 腹を斬らせてくだせえ!!。」

「狂っている。
 尊皇攘夷とは何だ?
 それではまるで、幕府を倒す口実ではないか!!
 尊皇攘夷はもはや表看板にすぎず、真のねらいは幕府を倒す事にあるのでは。
 倒幕・・・。
 ならば言路洞開など何の役にも立たぬ!
 わしが・・・愚かであった。

 所司代と町奉行所に命じ直ちに賊を捕らえさせよ。一人も逃すな!!
 この後不逞の輩は厳罰にて処断致す!」

今まで何とか話し合いを!!と思っていた容保・・・
やはり武力を持ってするしかないようです。たらーっ(汗)

会津では・・・大蔵が京に上る家名を受けたと、八重の元に来ています。
京のことがみんな心配です。

大蔵は、京の噂を話してくれましたが・・・会津の旗色がよろしくないようです。。。
会津は幕府と朝廷のために京に上がったのに!!
「なぜ・・・???
 憎まれる? 幕府のお指図で朝廷さお守りしているのに・・・。
 はるばる都まで行って働いておられるのに・・・。
 そった事あるはずがねえ。
 会津が憎まれるなんて・・・。」

なんだか・・・まあ、攘夷だの佐幕だの・・・やってる本人たちもよく解らないような状況でしたからね。。。
私たちも解りません失恋

新撰組の前身・・・浪士隊を作った清川八郎や、西郷隆盛でさえそうでしたからね・・・あせあせ(飛び散る汗)
ま。。。迷うことなく信念を貫いたのは、討幕の長州と、佐幕の会津・新選組(近藤さんと土方さんたち)と、ハト派の坂本龍馬ぐらいだったかもしれませんね。るんるん

だから、今でも人気があるのでしょう。黒ハート

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posted by ちゃーちゃん at 14:09| Comment(0) | 八重の桜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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