2013年02月04日

鹿児島の城下町 後編

秘密の国・薩摩です。
NHK大河ドラマ 翔ぶが如く 完全版 第壱集
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鹿児島が生んだ英雄・西郷隆盛・・・
薩長同盟や江戸城無血開城・・・維新の功労者となった鹿児島最大のヒーローです。

幕末最大のヒーロー・西郷隆盛は、下級武士の長男として鹿児島城下・下加治屋町に生まれました。
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侍の身分としては、御小姓与。藩の政治にかかわるどころかお城に入れるギリギリでした。
西郷の石高は、わずか41石。年収200万だったと言われています。
しかし、家族は10人だったとか。
客間を除いて1LDK。畳もそろわない板の間の家に10人も住んでいたのです。
そして、この下加治屋町には、大久保利通・大山巌・東郷平八郎・山本権兵衛・・・日本を牽引するそうそうたるメンバーが住んでいました。

ここで行われていた教育は・・・郷中教育。
郷中とは、城下で暮らす武士の子を区分分けしグループ化した組織。
稚児・6〜14歳、二才・15〜24歳、長老・25歳以上とし、子弟たちは、朝から晩まで薩摩精神を語ります。
教え教えられ・・・英雄が英雄を生む・・・そんなシステムでした。

その教育の筆頭は・・・負けるな!!
その始まりは、関ヶ原での敗北にあるようです。
毎年10月には妙円寺参りが行われています。
関ヶ原の合戦の苦難を偲び、城下から20km離れた徳重神社への詣でをしています。

イギリスのボーイスカウト・・・その原型は郷中教育と言われています。
薩英同盟が結ばれ・・・明治維新に・・・薩摩とイギリスが仲良くなり・・・そんな中、薩摩の教育がイギリスへ渡ったものだというのです。
リーダーが後輩のメンバーを見る。。。それは、グローバルスタンダードとして世界で英雄をつくっています。


幕末の名君・島津斉彬。
薩摩藩という一国の領主でありながら、世界情勢に精通し、世界に負けない国へと導いた名君と言われています。
薩摩藩の近代化を進めます。日本初の近代工場・集成館事業に携わり、日本初の写真撮影、日本初の洋式軍艦製造、日の丸を船尾につけたのも斉彬。
日本の近代化をはじめ、富国強兵・殖産興業を推し進めました。
さらに。。。西郷を取り立てたのも斉彬。
斉彬こそ、新しい日本を造った負けない名君なのです。

この斉彬。自らが釣ったサバにあたって当日に亡くなったと言われています。
その5年後、薩摩藩に最大の危機が・・・
1863年イギリス艦隊7隻が襲来。
生麦事件をきっかけのことです。

この戦いは、スイカで始まり蜜柑で終わったと言われています。
その薩摩の仰天作戦は???
西瓜売り決死隊。
その任務は、西瓜売りに扮した薩摩藩士80名がイギリス艦隊に乗り込んでそのまま奪おうというものでした。
しかし・・・作戦は中止。
その2日後に薩英戦争が始まります。

鹿児島城下が火の海に・・・それを救ったのは、斉彬の富国強兵でした。
負けない国づくり・・・
大砲でイギリス艦隊を砲撃・・・撤退させることに成功します。
この和解交渉が行われ・・・イギリスに温州ミカンを送ったと言われています。
ちなみにこの温州ミカン、イギリスではSatsuma Mandarinと呼ばれ、今でも愛されています。
そして・・・負けない国づくりはイギリスをも味方にし、ついに悲願の打倒徳川、明治維新へ。。。

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鹿児島のシンボル桜島。
桜島は、鹿児島と呼ばれていたことがありました。
南方の人が、籠のような船に乗ってきたから籠島。ということです。
しかし、火山が噴火するさまが桜の花びらが散ることに似ているから桜島と呼ばれるようになったとか。

関ヶ原の合戦でやぶれた島津義弘が、徳川家康に恭順の意を示すために謹慎していたのが桜島。
荒れた火山島での生活・・・ではなく、天然温泉と海の幸、山の幸の悠々自適の謹慎生活だったようです。

この桜島は宝の島。
火山灰が島に恵をもたらします。桜島大根と桜島小蜜柑。
桜島小蜜柑は、17代当主島津義弘が戦国時代に朝鮮半島から持ち帰ったと言われています。

薩摩切子。
天璋院篤姫に嫁入り道具に持たせたのが薩摩切子。
西洋からガラスの技術が入って間もないころ、この嫁入り道具は、藩の技術力を誇示すためのものでもありました。

島津斉彬が集成館事業を始め・・・近代化を進める一方で、薩摩の特産品を造ることにも貢献します。
しかし、斉彬が急死し、薩英戦争となり・・・薩摩切子は消滅。
いつしか幻の切子細工と言われるようになりました。

資料にも乏しく、復元は難しいとされてきましたが・・・
復元に成功しました。
透明のガラスの上に色つきガラスをかぶせた二重構造に、繊細なカット技術を使ってグラデーションを出す・・・江戸切子などにはないぼかしを世界初・・・開発しました。
製造期間はわずか20数年・・・現存するのは百数十種点・・・だからこその幻の切子なのです。

そして、最も特徴的なのが、薩摩の紅ガラス。
当時は日本にはまだ赤を発色させる技術はなかったのです。
斉彬公の自慢の紅ガラスでした。

様々な苦難をばねに、薩摩の人たちの心に刻まれていった“負けない精神”。
今も愛する伝統や文化にもしっかりと受け継がれた城下町でした。

西郷隆盛 第一巻 [単行本] / 海音寺 潮五郎 (著); 朝日新聞社 (刊)
西郷隆盛 第一巻 [単行本] / 海音寺 潮五郎 (著); 朝日新聞社 (刊)

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posted by ちゃーちゃん at 08:09| Comment(0) | 城下町へ行こう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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