2012年10月22日

「華麗なる関西の大財閥」〜日本を動かしたどてらい商人物語 @〜

今回のカシコブレーンは加来耕三さんです。


大阪が日本経済の中心だった時代を支えた華麗なる男たち。

2007年木村拓哉が主演した山崎豊子原作の「華麗なる一族」。
その中で描かれている万俵財閥は、実在した神戸の「岡崎財閥」と言われています。

財閥とは、グループ会社を多角的に経営する一族のことで、製造から販売までA六事業を展開。銀行も運営し、莫大な個人資産を所有していました。


この経済界の巨大モンスターは・・・関西が拠点でした。

土佐出身の岩崎弥太郎。
坂本龍馬の描いていた「海運業」の夢を受け継ぎました。
明治6年旧土佐藩から2席の船を入手。
大阪・堀江で海運業の会社を始めました。
巨大財閥へとのし上がります。
それが「三菱財閥」です。


三菱と並び、その名を轟かせたのが「住友財閥」。
その歴史は古く、江戸時代、愛媛の銅山を経営し、大坂で両替商を営んでいました。
しかし、明治政府が銅山の国有化に乗り出しました。
この難局に取り掛かったのが・・・使用人だった広瀬宰平。
政府高官に直談判します。
「銅山の経営を他の者に任せると利益はなく、国家の大損失となる!
 国をつぶしたくなければ住友に任せるべし!」
と、経営権を守り抜きました。


かつて、日本経済を動かしていたのは、関西商人でした。


☆三井・三菱に挑んだ金子直吉。


金子直吉は、鈴木商店という小さな零細企業を30年で日本一の総合商社にした男です。
「鈴木商店」の流れを汲む会社は・・・

サッポロビール
アサヒビール
いすゞ自動車
日野自動車
神戸製鋼所
昭和シェル石油
帝人
日本製粉
日本海運
双日
帝三製薬        です。

そんな天才商人・金子直吉とはどんな人だったのでしょうか???

明治7年神戸で創業した「鈴木商店」。
輸入砂糖を取り扱う店員17名の商店でした。
実家が借金まみれでここで働いていた金子直吉は、当時としては発展的な経済観念を持っていました。

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当時の物価は、米が基準となって、上下していました。
しかし、直吉は商品の原価計算を重視、利益を上げながらも安く売ることを考えていました。

そして・・・砂糖だけではなく、お茶、鰹節も扱うようになります。
店の売り上げを伸ばして、番頭に抜擢されます。

明治27年鈴木商店主人が急逝・・・。
店は大黒柱を失います。

おかみさんは・・・

「うちの店にはあんたがいてます。
 すべて任せますよって、やりたいようにやりなはれ!!」

この時直吉は、三井・三菱を追い越すと誓ったのでした。
誰から見ても、夢物語・・・。
しかし、直吉は商売に励みます。

新聞にあった、日本の「台湾開発」などについての記事・・・。
鈴木商店は、台湾に進出することにします。
明治30年単身台湾に乗り込みます。

当時、日本の海外貿易の拠点は台湾だったのです。
そして・・・欧米中心に貿易します。
このことが、莫大な利益を生み出し、大企業へと発展するのです。
そして、他の財閥にとって、脅威となっていきました。

ロンドン・ニューヨークにも進出、さらに新しい事業を展開・・・
タバコ・ビール・薬品・製鉄・石油・海運・・・と広げ、鈴木財閥と呼ばれるようになっていきました。
経営を任されてから10年・・・三井と三菱の背中が見えてきました。

そんなさなか、第一次世界大戦勃発。
経済界にも影響が・・・
当時は、戦争はすぐに終結し、物価は下がると思われていました。
買い渋りをする中・・・
直吉は、あらゆる鉄とあらゆる物資・・・を買い占めます。

自殺行為と思われましたが・・・
商品の値が上がり始めました。
戦争は長期化、物価が高騰していったのです。
直吉は、海外の情報を独自のルートで入手し、分析していたのです。
この年の売り上げは、16億円・・・現在の4兆円にも当たります。

この時の三井の売り上げは・・・11億円、鈴木商店は追い越したのです。

直吉は、日本の産業を強化するため会社を買収し始めます。
関連企業は70社以上となり、社員は3000人以上となりました。


ただ・・・唯一手を出さなかったのが・・・銀行でした。
当時の財閥は、銀行を経営し、資金を調達していたのですが・・・

「商売人は商品売ってなんぼや!
 金を横へ動かすだけで商売するのは商人のやることやない!!」

と・・・それが信念でした。
台湾銀行がメインバンクとなって融資しました。

ところが・・・
台湾銀行からの融資がストップ・・・
昭和金融恐慌です。

もともと台湾銀行は、三井銀行から資金援助されていました。
この不況で引き揚げられてしまったのです。
直吉は、ライバル会社の三井銀行に台湾銀行の救済を要望しますが・・・

最終通告されてしまいます。
直吉の信念が仇となってしまいました。

昭和2年4月鈴木商店倒産。

現在は「鈴木薄荷株式会社」
鈴木商店のハッカ部署が独立してできた会社です。
直吉の信念と社名は、唯一この会社に受け継がれています。

う〜ん、なかなか・・・
知らない人がまだまだいることに気付かされました。黒ハート

このころは、のし上がろうとすればのし上がれる時代でもあったのでしょう。るんるん
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posted by ちゃーちゃん at 13:23| Comment(0) | ビーバップ・ハイヒール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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