2012年06月08日

戦場を駆ける”母衣”は勇士の証明

織田軍団には、黒母衣・赤母衣衆というエリート将校がいました。


img_1804261_61569555_1[1].jpg

こんな感じです。
母衣というのは、戦の時に甲冑の上からかぶり、矢を防いだ布製の袋のようなものです。

源平合戦の頃からあり、鉄砲が盛んに使われるようになった戦国時代には、その価値は失われていました。

しかし、その頃から使われ始めた旗指物の一種として生き残りました。

特に、信長の旗本として活躍した黒母衣・赤母衣衆にとっては、輝かしい勇者の標識となりました。


そして、これに選ばれたのは武勲によって選び抜かれた勇猛の士ばかりでした。

「信長記」によると、メンバーは・・・

黒母衣衆は、佐々成政・川尻秀隆・生駒親正・蜂屋頼隆ほか10名。
赤母衣衆には、前田利家・福富平左衛門ほか9名でした。

彼らは、信長の近習、馬廻りとして活躍していました。


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posted by ちゃーちゃん at 14:35| Comment(0) | 戦国の豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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