2012年05月02日

第17回「平氏の棟梁」

第17回 「平氏の棟梁」

平忠盛がこの世を去り、とっても心配な大河ドラマ。。。
清盛が正式に平氏の棟梁となりました。館に一族郎党が集まり、清盛は「亡き父上の固き志を継ぎ、武士の世を目指す!」と宣言すしたまでは良かったものの・・・。

棟梁の妻となった時子は宴でふるまう膳の数を誤り、琵琶の演奏を頼まれても断るなど、清盛の機嫌を損ねることばかりを起こします。

この夫にしてこの妻あり。ってとこでしょうか?


そんなどたばたな中・・・。藤原家成が訪ね、自身の別邸で催す歌会で清盛に一首詠んでほしいと依頼します。歌が苦手な清盛は信西を頼るが、あっけなく断られ。。。そのうえ、歌会でのふるまいが平氏一門の未来を左右すると言われ、清盛は重責を感じてしまいます。

これって、何か企んでおられるの?家成?
平氏を落とすために・・・?

そんな清盛の前に現れた源義朝は、拍子抜けするほどさわやかに棟梁就任を祝い、側室となった常盤を紹介。驚く清盛に常盤が自分の心の支えだと言います。
なんだか、義朝、二重人格なのでしょうか?それとも常盤にデレデレ?

一方、義朝の正室・由良はさびしげに一人で過ごす日々が続き、鬼武者はそんな母を見て心を痛めていた。

そのころ、源氏の棟梁・為義は、義朝の異母弟・義賢に源氏に代々伝わる太刀・友切を授け、東国に行き、義朝に対抗できる力をつけろと命じます。

なんだか、源氏にも不穏な動きが・・・。


朝廷にも暗雲がひろがっています。近衛帝の体が思わしくなく、しかもお世継ぎもいない。。。

これは、まずい!!

帝の健康を気遣う崇徳上皇にむかい雅仁親王は、帝が亡くなれば崇徳の子・重仁が帝となり、崇徳が政治に復帰できるのでは、とその心を見透かしたように言います。


まだ悩んでいるの?清盛!!良い歌が出来ません。で、子供たちに八つ当たり!!

三男・清三郎が書の稽古を怠けていると知り、時子のしつけを叱りつけます。

「膳の数は間違える、琵琶は弾けぬ、挙句、清三郎をかように情けなき者に育ておって!明子ならば、もっと然とした棟梁の妻になっておったぞ!!」

それは言ってはあかんやろ!!
的なことを言ってしまいました。。。たらーっ(汗)

時子を深く傷つけてしまう清盛。

そんな清盛に義弟・時忠は、時子が琵琶を弾かなくなったのは、結婚する前に清盛が「耳に残る明子の琵琶の音色をかき消されたくない」と言ったことを時子が覚えているからだと告げました。
今日は普通に良いこと言ってますよ。この人。。。

その言葉は清盛の心に深くつきささるのでした。

歌会の当日、家成の別邸には鳥羽院、得子、崇徳院、雅仁親王、摂関家や、信西らが集まった。それぞれの思いが渦巻く政治の場の様相をおびて歌会は進み、やがて清盛の歌が詠まれる番になりました。

一体どんな歌なのでしょうか?

その歌を見て、進行役の藤原成親が詠むのをためらうと、清盛自ら大声で詠みあげました。

「重盛に 基盛それに 清三郎 清四郎みな われらの子なり」

あきれる人たちに向かい清盛は、自分が家族や家人たちをなにより大事に思っていること、歌会よりケンカした妻に一刻も早く謝りたいという思いを述べました。
堂々とした清盛の態度は歌会の客たちにさまざまな波紋を広げました。

「お前らみたいにケンカしてないで!!」みたいな感じでしょうか?

得子は清盛を「もろ刃の刃のごとき男」と評し、鳥羽院は「われらにもっとも足りぬものを持っている」と評します。その危ういところが良いのかしら???

清盛が帰宅すると、時子は重盛らに請われて琵琶を弾いていました。
そして重盛や基盛は時子が大事な母であり、傷つけることは父でも許さないと訴えます。

ほんと、清盛の子とは思えないというか、流石、盛国、賢く育ててくれました。黒ハート


一方、義朝は源氏の長の証である名刀・友切が弟に与えられたと知り、為義に詰めよります。

「友近友切を義賢に授けたとはいかに!!
 源氏の跡継ぎは私ではなく義賢だと仰せか!!」

と、ダメダメ為義、
「義朝・・・誇らしき我が子よ。お前は強うなりすぎた。。。
 己が父の誇りを踏みにじって、何の痛みも覚えぬほどにな!
 かようなものに、源氏を背負わせるわけにはいかぬ!!」

え〜!!そうなの?!

「それが、父上のお考えにござりまするれば…私も私の道を貫くのみ!!」

この親子もたもとを分かつことになってしまいました。

源氏も平氏も、世の大きな流れに巻き込まれて行きます。


で、今回は、ながら見になってしまったのは面白くなかったから?!
っていうか、視聴率が悪い悪いと・・・でも、それでもバリバリの大河路線を突っ走ってきたのではないの?

なんでここにきてホームドラマなのだ!!

忠盛が死んでひと段落。もっと時代背景を盛り込んでほしかったなあというのが私の感想です。

清盛は、本当に家族思いでというか、人情深く、だからこそ常盤御前を許したり、男子であった頼朝や義経を殺さなかったので。。。確かにそんな人なんですが、もっと政治的な部分が見たかったです。失恋

来週からは、相変わらずな清盛を見たいと思います。
でも、「画像がきれいになる」って新聞報道されるほど今まで駄目でしたか?
なんだか可哀想です。。。

まあ、時代考証がよく解らないし、悪の権化のように思われていた平清盛。人気がなかったかもしれませんが、源頼朝に比べれば、人間的で面白いと思うのですが。。。

やはり、勝てば官軍で、鎌倉政権に悪の権化にされたんだろうなあ。。。と、思うと、ほんと、可哀想になってきました。

私は今までの清盛を応援しますよ。黒ハート

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posted by ちゃーちゃん at 12:03| Comment(0) | 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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