2012年04月05日

平清盛の夢〜海上神殿・厳島の謎を追う〜

NHKが、大河ドラマに合わせてやってくれた歴史ミステリーです。
日本三景の謎 天橋立、宮島、松島―知られざる日本史の真実 (祥伝社黄金文庫) [文庫] / 宮元 健次 (著); 祥伝社 (刊)
日本三景の謎 天橋立、宮島、松島―知られざる日本史の真実 (祥伝社黄金文庫) [文庫] / 宮...


平清盛の夢〜海上神殿・厳島の謎を追う〜です。清盛の言う「面白きこと」が、たくさん詰まっていると良いですね。


穏やかな瀬戸内の海に浮かぶ朱塗りの神殿・世界遺産 厳島神社 です。
築かれたのは今から800年ほど前、平安時代の寝殿造りの建築美です。

世界遺産 厳島神社。その登録理由は、「自然と一体となった社殿は唯一無二のもので、日本人の美意識の基準となっている。」です。


史上例のない大胆な発想で行われた海上神殿の建設、その偉業はひとりの男によってなされました。
平安時代、武家の棟梁として最大の権力を誇った平清盛です。
武力で瀬戸内海を制し、大躍進を遂げていった清盛、厳島に平家一門の繁栄を願い海上神殿を築きました。

平清盛とはどのような男だったのでしょうか?
武士として生まれた清盛は、瀬戸内の海で名を挙げます。
海賊たちを武力で制圧、「武士が世の中を変える」世界を作りました。
しかし、清盛がなぜ海上神殿を築いたのか?その謎は明らかにされていません。

何故、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか?

新説@ 厳島神社はもともと陸地だった?!
陸地だった場所を、清盛が掘って神殿を造ったという説です。
その根拠は、厳島を襲う「土石流」の実態です。
厳島では200年に一度の割合で、神社を埋め尽くす土石流が発生しているのです。直近では枕崎台風。

1945年の枕崎台風から遡ること江戸時代中期の1739年、さらに室町時代の1541年にも土石流が発生しています。

つまり、200年に一度ずつ土石流が起こり、その都度厳島神社の海のところが埋まって陸地になっていました。
地質の脆い厳島では、清盛の時代の前から土石流が起こり陸地が形成されていたようです。
神社の平舞台の前のあたりで海になっていたようです。

そうなると、現在は海であったところが本来は陸地であったと考えるのが自然だというのです。
元々陸地だったところを、人工的に掘って海を開き、その上に新しく社殿を造ったというふうに考えられるのです。

では、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか?
清盛は広大な土地を掘り、海の水を引き入れて、社殿を築いたというのです。

平安時代にこのような土木工事は可能だったのでしょうか?
鋤・鍬・固い樫の木の先には金具がついています。
当時の技術から、お寺や神社が造られているので、人海戦術を使えば可能だったと思われます。

厳島の100年前に建立された京都宇治の平等院、大きな池があります。
極楽浄土を再現しようと人工的に作られた池。。。
考古学や建築学から考えて、この時代に清盛が人工的に海を作り海上神殿を造ることは、可能だったと考えられます。

大胆な発想と、緻密な研鑽で清盛が造った海上神殿。全ては海の上に建つことを前提に造られています。
平舞台や回廊は、優雅さだけではなく、本殿を高波から守ってくれます。
元々あった神社、創建から550年後、現在の海上神殿に改築したのが平清盛。
清盛は、平家の氏神として厳島神社を篤く敬い幾度となく参詣に訪れました。



新説A 厳島神社は中国にモデルがあった?!
中国南部にある普陀山。これをモデルにして厳島神社を造ったというのです。
その根拠はどこにあるのでしょうか?

揚子江の河口にある小さな島、普陀山。
中国の人は、普陀山によくお参りにいくそうです。
普陀山には大きな観音様がたっています。中国仏教で最も知られている観音の聖地でした。分け隔てなく人々の祈りに応えてくれる観音信仰は、10世紀ごろから中国に広く浸透していました。

この普陀山が厳島神社のモデル?!

その証拠は厳島神社の中にあります。
清盛は神社を建てたのに、仏教の聖地をモデルにしたの?
この質問こそ、厳島神社の謎を解く最大のポイントです。
本堂の真後ろ、”不明門”(あかずのもん)を見ると・・・
清盛が壮大な夢を仮託した観音様が安置・奉納されていたというのです。
が、今は別の場所に奉納・・・この観音像は、厳島の中腹にある大聖院というお寺に安置されています。

大聖院は、平安時代に創建された厳島で最も古いお寺です。
そこに、十一面観音がありました。奈良時代のものと伝えられています。
清盛の時代は、神と仏が混合する神仏習合の時代だったのです。

どうして、観音様を信仰していたのでしょうか?
観音様は「抜苦与楽」。清盛の時代は混乱の時代、この思いを込めて祈っていたのではないでしょうか。

明治の初め、廃仏毀釈・神仏分離令によって神社から仏教的なものが分けられたのでした。
宮島は神の島でもあり、仏の島だったのです。

清盛の観音信仰は「平家納経」にも表れています。一門が、自らの祈りを込めて写経したものです。
その冒頭には、清盛自身が記した「願文」があります。
そこには・・・
「当社は観世音菩薩の化身なり。」とあります。
つまり、清盛が厳島神社を建てた理由は、観音への信仰だと思われます。
観音信仰が、厳島神社と普陀山を結びつけているというのです。

ではなぜ、これほどまでの海上神殿を造ったのでしょうか?

長野県・定勝寺には、厳島と普陀山を結びつけるてががりが残っています。
鎌倉時代のものとされる掛け軸。
そこに描かれていたのは普陀山の絵でした。
普陀山の信仰が、日本にも伝わっていたのです。
そこに書かれている潮音堂には、洞窟の中で海の上に建つ観音様が書かれています。
この潮音堂が、厳島神社の原点だというのです。

確かに普陀山には潮音堂があり、観音様が修業をしたと言われています。
仏教では、修業の際周りの音が重要で、観音様は海の音によって心を落ち着かせ、悟りに至ったのだそうです。
海と観音は、古来より深く結びついていたのです。

そして、清盛が築いた海上神殿、それは、海に建つ観音そのものに思えるというのです。
その社殿は、波の音が聞こえる海の上になければなりませんでした。
選択肢はなかったのです。

記録によれば、清盛は厳島神社で大法要を行っています。
僧の人数は南北の回廊に各500人。
回廊には1万を超える松明が焚かれ、僧千人による読経が海に鳴り響きました。
清盛が催したこの千僧供養は海上神殿・厳島神社を人々に深く印象付けました。


新説B 中国貿易成立の秘密とは仏教と厳島神社だった。
兵庫県神戸、日本最大級の国際貿易港です。
ここで、新たな遺跡が発見されました。
発見されたのは、800年以上前、平安末期の権力者の邸宅でした。
珍しい海外製品・白磁・青磁などです。

宋の時代に造られたものでした。それは、盛んに宋と日本が貿易していたことが解ります。
宋銭が発見されており、それは、日本の貨幣経済の始まりでした。
清盛は日宋貿易の為に福原に居をうつし、貿易を拡大させていきました。

まず福原に巨大な港を築き、宋の船が瀬戸内海を通って福原に来れるようにしました。
対等な貿易関係を築きましたが、そこには、巧みな外交戦略がありました。

政治・経済・文化のtopを走り続けてきた中国、その中国と対等な貿易関係を築くために、仏教を利用したのです。
清盛は中国・寧波の寺から仏舎利を得ていました。これは、中国の仏教勢力の仲間入りをした証拠です。
この仏教勢力を利用して日宋貿易をしたのです。

切り札の輸出品は、硫黄。硫黄は火薬の原料となり、武器を造るのに必要不可欠でした。
当時宋は、北方民族「金」の侵略を受けていました。武器の確保は、宋にとって最重要課題だったのです。
清盛は、非常に優れた情報収集能力を持っていて、当時の東アジアの情勢については”自分の手のひらを見るように詳しかった”のです。

宋が弱体化している今こそ、平等な貿易関係を築くことが出来る絶好のチャンスだと思っていました。
清盛は、非常に優れた戦略化であり、偉大な外交家だったのです。

当時は、海に出ることはとても危険でした。貿易都市として栄えた寧波。そんな貿易に携わる人にとって心のよりどころとなったのが、普陀山でした。宗教都市・普陀山と貿易都市・寧波が近くにあるという関係は、必然でした。

これは、厳島神社と福原の関係と似ています。つまり、日宋貿易で重要な位置にあったのが、厳島神社でした。厳島は、日宋貿易の入口であり出口なのです。
清盛は、貿易と宗教の相乗効果を知っていたのです。日宋貿易によって日本の国力を高め、同時に信仰の聖地として厳島神社を築き上げたのです。

しかし、歴史は常に勝者のもの・・・。
とはいえ、鎌倉幕府も貿易を念頭に置いていたので、この厳島の修繕には力を入れていました。

平家は滅びたものの、厳島神社に残された観音信仰そのものが機能していたので、厳島は残ったのではないでしょうか?


今から800年以上前に建設された海上神殿・厳島神社。今も輝き続けています。
そこにはまだまだ知らない謎が眠っています。

三つの説、どうでしたか?
うなずけるところもあり、?と思うところもあります。
中国を参考にしているかもしれないけれど、でも、あの寝殿造りの海上神殿はどこにもなく唯一無二のものには違いないと思うのですが、どうでしょう?
図説 平清盛がよくわかる! 厳島神社と平家納経 (青春新書インテリジェンス) [新書] / 日下 力 (監修); 青春出版社 (刊)
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ラベル:平清盛 厳島
posted by ちゃーちゃん at 07:37| Comment(0) | 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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