2012年03月30日

第8回孫市まつり その二

3月25日にあった「孫一まつり」。

和歌山城を出発した一行は、和歌山市駅へ。

孫市まつりといっても、熊野の恰好をした人や、
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六文銭、赤備えの人、
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この人には「毘」の印も。。。ありました。黒ハート
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和歌山城に集まっても、勝鬨を上げたり、鉄砲を撃ったりと、パフォーマンスを披露してくれます。


戦国時代に伝わった恐るべき新兵器を駆使し、戦国大名に恐れられた雑賀党とは・・・。

 『雑賀衆を味方にすれば合戦には必ず勝ち、敵に回すと敗れる』

全国の有名大名が信じ、あの手この手で味方にひきいれようとした戦国時代の傭兵集団が紀州の雑賀衆です。雑賀衆が当時、最強の傭兵集団と目されていたのは、棟梁格の鈴木孫市を筆頭に射撃の名手を数多く揃えた特異な鉄砲集団であったからといえます。


この鉄砲、伝来後しばらくの間、鉄砲は敵を驚かす程度のもので実戦には役立たないと考えられていました。それをいち早く実戦に威力を発揮する新兵器として仕立てあげたのが雑賀衆なのです。

その本拠地がこの和歌山市駅あたり?、紀ノ川河口の大きな三角洲にあった雑賀荘をはじめ、紀ノ川北岸の十ヶ郷、宮郷、中郷、南郷の五つの荘が形成した雑賀五搦をさします。

その雑賀五搦は共和国のような体裁をなし、五つの荘の長が協議、相談して共和国の運営に当たっていました。

鈴木孫市はその長の一人である。戦国当時の雑賀五搦の人口は約七万人で、うち八千人が鉄砲を主力武器とする兵であったといわれています。

また、雑賀衆の保有した鉄砲の数については、さまざまな説がありますが、少なくとも三千挺はあっただろうといいます。

有名なのが、元亀元年(1570年)から始まった石山本願寺と織田信長との戦い。その渦中に、顕如上人が、雑賀衆に鉄砲一千挺を早急に調達するよう要請した証文も残されています。

 織田信長は、元亀元年の石山合戦の直前に先端が切られた姉川の合戦で五百挺の鉄砲を使っていますが、雑賀衆は、それより遥か20年も前から鉄砲隊を組織し、戦場で鉄砲を自在に使いこなしていたのです。
 
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この人が、雑賀孫市です。〜和歌山市駅前〜

紀の川の河口という地の利。

紀州に鉄砲を持ち込んだのは、根来寺の僧坊の一つである杉之坊の有力者・妙算の兄で、紀州小倉の豪族・津田監物です。

監物は鉄砲伝来の情報に接すると即座に種子島に渡り、鉄砲製造の鍵となる螺子切りの技術や火薬などの製法をなどを学び、天文13年(1544年)に帰国したとされています。

監物が鉄砲のことを早くに知り得たのは、紀州・和歌山の港が天然の良港だったこと。紀州沖には黒潮が流れ、下り潮に乗れば、当時対明貿易の拠点だった種子島まで和歌山港から四日程で到着できたといいます。

監物の持ち帰った鉄砲技術は、まず根来に入りました。
根来はもともと高度な技術が要求される宮大、鎧鍛冶が多くいたところで、たちまちのうちに鉄砲の銃身の巻き立て、尾栓の螺子切りの方法を編み出していきました。

根来では鉄砲生産技術が急速に浸透し、同時に、鉄砲の技術は、血縁関係も深かった雑賀にも伝わりました。

その結果、紀州には真言宗・根来寺の僧兵を中心とする鉄砲集団の根来衆と、一向門徒でもある雑賀衆という二つの強力傭兵集団が誕生することになりました。

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雑賀衆の鉄砲集団組織のすごいところ。。。それは、数多くの鉄砲を調達した"財力"の凄さです。

雑賀荘のあった紀ノ川下流の沖積平野は肥沃で、紀州では最も米の生産性の高いところです。

それに加えて雑賀衆は天然の良港・和歌山港を持っていました。

当時大阪に運ばれる物資は、まず和歌山港まで運ばれ、そこで小さな船に積み替えて大阪に送られていました。和歌山が畿内における海上交通の要衝の地だったのは言うまでもありません。

明との交易で仕入れたのは絹、宗銭、水銀、薬などで、それらを日本で売れば、仕入れ値の十倍で売れたといいます。それだけに雑賀衆が対明貿易で得た利益は膨大なものであったと推察できます。

雑賀衆が鉄砲集団を組織し、各地に赴く傭兵集団となったのは、応永六年(1399年)に畠山基国が紀州の守護となってから代々守護職を継いでいた畠山氏の兄弟に内紛があり、そこに傭われて参戦してからです。

以後、近代兵器を大量にに揃え、自由に酷使できる戦闘集団は松江、越後などの各地の大名の要請を受け、雑賀を出て戦いました。傭兵の誕生です。

雑賀衆は、天正五年(1577年)に、織田信長の雑賀総攻撃を受け、さらに天正十三年(1585年)、豊臣秀吉攻められ四散しますが、多くの雑賀衆は床下に秘蔵していた金銀で、明治初年まで働かずに生活してきたというのは本当でしょうか?

尻啖え孫市 新装版(上) (角川文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 角川グループパブリッシング (刊)
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posted by ちゃーちゃん at 08:19| Comment(0) | 和歌山探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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