2012年03月12日

「源氏物語」誕生の秘密

「源氏物語」誕生の秘密〜千年の物語はスキャンダルから始まった〜

BS歴史館です。

今から約1000年前の平安時代半ば・・・。世界文学史上屈指の傑作が生まれます。
「源氏物語」

主人公光源氏が華麗に繰り広げる様々な女性との恋物語です。
500人を超える登場人物の、細かい描写・表現が詠むものの心を揺さぶります。

全54巻・原稿用紙2500枚にも及びます。
1000年もの間、輝きを失わない日本文学の最高傑作です。

作者はもちろん「紫式部」
どうしてこんなに長いラブストーリーを一人で書けたのでしょうか?
そこには現実の恋愛スキャンダルや権力闘争がありました。

スポンサーは、藤原道長。「源氏物語」がなかったら、藤原道長の栄華はなかったかもしれません。
「日本にとって、最も重い罪」が、最高傑作にして最大の問題作「源氏物語」に書かれているのです。

一般的には恋愛小説と言われていますが、歴史小説でもあり、政治物語でもあり、宗教物語でもある、空前絶後の物語です。

でも、「源氏物語」は謎だらけ・・・どの巻から書いたのか?はたしてすべて紫式部が書いたのか?さえも、解っていません。

印刷技術もなかった時代、オリジナルの「源氏物語」は存在せず、全て写本です。
京都にある京都文化博物館には、1481年に写された貴重な写本が保存されています。これが、今の「源氏物語」の原本になります。

54帖を一つにまとめたのは、鎌倉時代・藤原定家の手によるものでした。
それぞれの巻を製本したのです。


第1帖 桐壷
はじめ・・・光源氏の誕生にまつわるスキャンダルから始まります。
「いづれの御時にか
 女御更衣あまた
 侍ひ給ひけるなかに
 いとやむごとなき
 きはにはあらぬが
 すぐれてときめき給ふありけり」

帝と身分の低い桐壷の純愛の始まりでした。
その結果生まれたのがのちの光源氏。
しかし、母桐壷は病に倒れ亡くなります。
帝は息子に皇位を譲ることを諦めます。

この帝の純愛、周囲から疎まれました。そして、光源氏はどうして皇位を譲って貰えないのでしょうか?
そこには天皇ならではのタブーがありました。

それは、天皇は絶対に跡継ぎを残さないといけないということ。。。
しかもその子は、どんな妃から生まれてもいいということではありませんでした。

好きだから・・・という理由だけでは駄目なのです。
妻の方には、高い身分と豊富な財力・後ろ盾がないと駄目だったのです。


この状況は、当時の宮廷と重なる部分があります。
それは、25年在位した一条天皇と皇后定子ではないか?と、言われています。
一条天皇は、藤原摂関政治(藤原氏一族が、摂政や関白として天皇を補佐する)を代表する帝です。

一条天皇が即位した時、関白は藤原道隆、その娘定子は最初の妃として寵愛を受けますが、父の死や兄・伊周の失脚で後ろ盾を失い・・・しかし、寵愛し続けます。しかも、一旦出家していた定子を寵愛し続けたのです。これは異例の事でした。

これは、当時の人なら誰でも知っていた事件です。2人の間には、敦康親王誕生。しかし、定子は25歳の若さで亡くなり、一条天皇は敦康親王に皇位を継承することを断念します。
そう、子供をどう作るかは、当時は政治的選択でした。
一条天皇にとっては、純愛が最大のミスだったのです。

図らずも、「源氏物語」と現実が同じようになったのです。
さらにそこにはとんでもないタブーが・・・。

「源氏物語の続き・・・」
帝は美しい藤壺女御を妃にします。なんと、桐壷に生き写しの女御・・・。光源氏は切ない恋心を抱きます。

第5帖 若紫 で急展開。
光源氏と藤壺女御・・・2人はついに・・・。義理の母子の不義密通。。。更なる問題は、2人の間に子供が。。。しかも皇子でした。
帝の子供だと言って、世間を欺きます。

「源氏物語」こそ、日本史最大のタブーを書いた作品だと言えるでしょう。皇室において、一つの系統が永久に続く、万世一系。。。そうでなければならないのです。作品は、日本にとって、一番あってはならないことから始まっていた、日本史最大の問題作なのです。

そして「源氏物語」の最大の魅力は、光源氏の恋愛遍歴と、相手のリアルなキャラクターにあります。
源典侍・末摘花・花散里・・・
その女たちとの恋愛遍歴が始まるのが第2帖 帚木
冒頭は、雨夜の品定めと言われ、男たちが女性の品定めをします。

その中で・・・。リアルな中流階級の女たちが出てきます。
そこには紫式部の人生が重なります。

紫式部の父、藤原為時は、藤原本流から外れている下級武士。しかし、漢学に秀でた学者でした。そのもとで、幼いころから漢学を学んだ紫式部。
父は越前国の受領となります。この受領階級は、地方の統治を任され赴任する貴族の事です。この受領が、忠の品と呼ばれた中流階級なのです。これは、公卿(国政を審議する上級貴族)にはなれない家柄です。
当時は、公卿になれないものは、」中央で実務の勉強をして受領になって、地方から中央に税を納めていれば、それ以外を私物化している時代でした。蓄えて、都に帰ってくるのです。

「源氏物語」の女たちがみんなプライドが高いのは、紫式部が非常にプライドが高いのです。
そういう心が書いてあるのです。

高貴な女性から遊女まで様々な女性をかき分けた紫式部は、読者の共感を得て「源氏物語」は次第に宮中に広まっていきました。

しかし、当時は紙は貴重品。
「源氏物語」文字数94万3135字・原稿用紙にして590枚。書き損じもするし、筆や墨も入ります。
誰かが紫式部に髪を与えないと、書き続けられません。

1105年ごろ、紫式部は宮中に召し出されます。
呼んだのは藤原道長・時の権力者です。
「この世をば 
 我が世とぞ思う望月の 
 欠けたることもなしと思えば」  です。


紫式部の日記には・・・
「物語の原本を部屋に隠しておいたら
 道長さまがこっそりいらっしゃって
 すべて持って行ってしまわれた」  とあります。

道長は、誰よりも先に読んでいたのです。
資料や紙・道具はすべて、道長が買ってくれたものでした。
歴史的に見ても、優れた芸術作品は、スポンサーがついて世に出るのです。
朗読CD源氏物語瀬戸内寂聴訳上原まり筑前琵琶・語りCD2枚組
朗読CD源氏物語瀬戸内寂聴訳上原まり筑前琵琶・語りCD2枚組
らくたび文庫『源氏物語散策帖 〜ゆかりの地をめぐる〜』
らくたび文庫『源氏物語散策帖 〜ゆかりの地をめぐる〜』

あと半分。。。あせあせ(飛び散る汗)
時間が無くなってきたのでまた明日。。。

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posted by ちゃーちゃん at 19:52| Comment(0) | BS歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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