2012年01月16日

池上彰〜宗教がわかればニュースのナゾが解ける〜B

またも、消してしまいました。

たくさん書いていたのに・・・。ショックです。あせあせ(飛び散る汗)

気を取り直して、パレスチナ紛争です。

日々、国際社会を賑わせているパレスチナ問題、2011年8月20日パレスチナを支配するイスラム原理主義組織ハマスの軍事部門は、「パレスチナとの停戦はない」と、発言。2009年から続く停戦協定を破棄する可能性も示唆しました。

2011年10月18日、イスラエルが驚きの人質交換をします。拉致されたイスラエル兵士と引き換えにパレスチナ受刑者1027人の釈放を決定する等驚きの交換取引をしました。

2011年10月31日には、パレスチナがユネスコに正式に加盟、国家と認められていない地域が国連組織に加盟するのは初めてのことでした。

紛争だけでなく、常に世界にはパレスチナ関連ニュースが飛び交っています。なぜ、パレスチナ紛争は終わらないのでしょうか?

イスラエルは、アラブの国から言えば、パレスチナ。パレスチナという土地に、ユダヤ人が国を作った、というのが、アラブ側の言い方です。
アジアとヨーロッパ、アフリカ大陸とヨーロッパをつなぐ、交易・交通の要所です。

争いは、ユダヤ教と、イスラム教です。イスラエル国民の宗教比率は、
ユダヤ教・・・・・・75.4%
イスラム教・・・・・17.2%
キリスト教・・・・・・2.0%
その他・・・・・・・・5.4%

で、ユダヤ教徒によって造られた国です。

では、ユダヤ教とは?

ユダヤ教を知るにはまず、ユダヤ人を知ることが大切です。

乾燥地帯・砂漠のイメージですが、たくさんの果物が売られています。彼らは、世界中から集まってきて、手間暇かけて、この荒れ果てた土地を耕して、努力によって国を作ってきたという自負があります。

敬虔なユダヤ教徒が住む国で、今でもその教えに従って生活しています。
金曜日の日没から土曜日の弐坪つにかけては、ユダヤ教にとっての安息日です。

安息日とは?

安息日は一切の労働が禁止されているので、お店のシャッターも閉まっています。その戒律では、料理も労働とされ、買い出しをして、安息日に備えます。
そうして、料理を作ることはもちろん、電気をつけることも、スイッチを押すことも禁じられています。家のブレーカーには、安息日用のタイマーがついていて、事前に時間を設定すれば、ボタンを押さなくても自動で照明やエアコンをオン・オフに出来るようになっています。

ユダヤ教が確立した西暦200年ごろの労働は、明かりをつける、料理を作るなど、火をつけることになるからです。冷蔵庫は開けると電気がついてしまうので、ユダヤ教徒の冷蔵庫は電気がつかないような設定もできます。
エレベーターも、安息日用のエレベーターもあって、ボタンを押さなくても、各階に止まるようになっています。そのほかにも、いろいろな厳しい戒律を守りながら、日々の生活を送っています。

エルサレムには、ユダヤ教徒が最も大切にしている聖地があります。「嘆きの壁」です。この聖地を見れば、ユダヤ教の桧垣の歴史がわかります。

世界中のユダヤ教徒の心のよりどころとなっている、嘆きの壁。「嘆きの壁」といわれる理由は・・・
2000年前に、ローマ帝国によって壊されてしまった神殿の壁の一部が残っていて、
@ここに神殿を築いていたのに、今こんな風になってしまったという自分たちの運命を嘆いて・・・。
A夜中に岩が冷えて、大気中の水分が夜露にぬれる。朝になると、壁が泣いているように見える・・・。ユダヤ教徒の運命を私たちのために嘆いてくれている。

この地への思い入れは、ユダヤ教誕生の歴史が大きくかかわっています。

紀元前2000年ごろ、ある男(アブラハム)が、今のイラクで、神様の声を聴きます。「カナンの地へ行け」一族を引き連れて、神様に与えられたカナンの地(イスラエル)に行きます。

その700年後には、エジプトにいたモーゼが、神様の声を聴きます。「へブライの民(ユダヤ人の祖先)を救え、そして彼らを約束の地・カナンに連れて行け」と。

神様が、いろんなことを守りなさいといわれた、それを集めたものが、聖書の原型となり、ユダヤ教へ・・・。その教えを守ることが、神様から頂いた土地を守ることなのです。

つまり、ユダヤ教の厳しい戒律を守る=神様から譲り受けたこの土地を守る。という考え方になったのです。

しかしこのエルサレムには・・・。もう一つの当事者、イスラム教の聖地「岩のドーム」があります。その距離、わずか100m。

イスラム教では、偶像崇拝を禁止しています。お祈りする対象の神様とか、ムハンマドとかは描いてはいけません。岩のドームは、独特のデザインによってできています。このドームの中には・・・。

イスラム教の創始者、ムハンマドが、天使に導かれて昇天したときに足をかけたとされる岩があるのです。
聖なる岩を守るために建てられたドーム、メッカ・メディナに続く、第3の聖地なのです。

もちろん、イスラム教徒以外は入ることができません。

パレスチナの地を巡って争う・・・。かつては、お互いに敬意をはらい仲良く生活していました。

共存していたのに、激しく対立するようになったのは、60年ほど前のこと・・・。

直接のきかっけは、イギリスの三枚舌の外交にありました。

第一次世界大戦時・・・。エルサレムは、オスマン帝国が支配していました。イギリスは、世界中に植民地を持っていました。オスマン帝国を倒して、交通の要を欲しいと考えます。オスマン帝国と戦う勢力を増やしたほうがいいのでは?ということで、

@勝ったら、アラブ人たちに、アラブの独立国家を建設できるように・・・。
A     ユダヤ人には、ユダヤ人のナショナルホームの建設ができるように・・・。(あくまでも国家とは言わない)
B     フランスとは、秘密協約で分割、半分こにしよう。。。

その結果、ユダヤ人が戻ってきます。次第にトラブルに・・・。

第二次世界大戦、ナチスドイツによって600万人のユダヤ人の大量虐殺がありました。世論はユダヤ人に同情的になります。イギリスは、第二次世界大戦で疲弊しきって、ここをうまく取りまとめられなくて・・・。国連に丸投げしてしまいます。

国連の調査団がやってきて・・・。アラブは、一切協力しませんでした。ユダヤ人にしてみると、国ができるかもしれない・・・と、非常に協力的でした。

その結果、1947年国連決議によって、ユダヤ人居住区とアラブ人居住区に分割されます。
ちなみに聖地は国際管理となりました。

1948年5月14日イスラエル建国。イスラエル的には、国連が認めた場所にイスラエルという国を作った、しかし、翌日、アラブの国が攻め入り、第一次中東戦争が勃発、大きいものを数えると、第4次まで中東戦争があります。戦争の結果は、イスラエルが勝ち抜きます。

というのも、ユダヤ人の中には、第二次世界大戦でイギリスと一緒に戦った人たちがたくさんいました。つまり、戦争のベテランで、戦争になることを予測して、ヨーロッパから大量の武器を買って準備していました。アラブ人は、馬にまたがって攻め込んだとき、それに対抗したのは戦車でした。

アラブ人たちは土地を奪われて、逃げてきます。もともと、パレスチナという土地だったので、その人たちが、パレスチナ難民と言われるようになったのです。
自分たちはパレスチナから逃げてきた・・・。自分たちはパレスチナ人だ・・・。という自覚が生まれてきました。

そんな人たちが戦っているのです。

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posted by ちゃーちゃん at 12:47| Comment(0) | 池上彰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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