2011年09月30日

ナスカの地上絵の真実

ナスカの地上絵の真実〜
地上絵は何のために作られたのか?地上絵は有名ですが、その創造者はどんな人だったのでしょうか?

「ナスカの地上絵の真実〜大地に刻まれた祈りのライン〜」です。

このナスカの地上絵は、ペルー・フマナ平原にあります。ペルー、私が一度は行ってみたい場所です。。。

ここには、毎日たくさんの観光客が、飛行機に乗って地上絵を見に来ます。が、この地上絵、空から見るためのものなのでしょうか?

1970代から、様々な説が出てきます。

@陸上競技場説
A気球説
B宇宙人説

子供の頃にムーなんかを読んでいた私としてはBを推します(* ̄Oノ ̄*)ホーッホッホ!!が、一番有力視されているのは、

C天文学説   です。

これは、ドイツのマリア・ライへ女史が唱えたもので、「直線は太陽や星の動きを示し、動物の絵は星座を示している。」というものです。

不思議なことに、地上絵には関心があるのに、それを作った人々にはあまり関心がいきません。

では、このナスカ時代とは?

BC100年〜AD700年ごろに栄えた文明で、唯一の巨大建造物、カワチ遺跡から首級(生首ね)が発見されています。また、セロ・カラポ遺跡でも48もの首級が発見されています。これは一体何のために?

そんなことをするナスカの人々とは?リマで保管されている1000体のミイラが保管されています。そのうち子供のミイラ(この子供のミイラ、日本にも来ましたよね。何年か前に博物館で見た記憶があります。)を日本の国立科学博物館でDNA分析をしました。科学的にメスを入れたのです。

このDNA分析、母から子供に受け継がれるミトコンドリアDNAを調べるものです。

ナスカの人たちはどこから来たのでしょうか?

また、国立環境研究所で、食性分析をしました。これをすると、何を食べていたのかが解るのだそうです。本当に科学はすごいですね。

まず、食性分析の結果、トウモロコシや海産物を食べていたことが解りました。そして、髪の毛から二ヵ月ごとの食生活を知ることが解るのですが、これを見ると、トウモロコシが不作だと海産物にシフトする、安定しない食生活であったのではないかとうかがえます。ナスカは気候条件が厳しいので、食生活が不安定だったのでしょう。

また、DNA分析で、普通とは違う配列が6箇所ありました。この母系遺伝、ハプログループAに所属します。これは、バイカル湖周辺に住んでいたひとりの女性の突然変異から始まり、まだ、大陸が一続きだった頃、北を通って南米大陸に渡った人たちの末裔でした。ちなみにこのハプログループAは、日本にも7%住んでいます。

この地上絵はどのようにして作られたのでしょうか?杭と紐で作ることができます。杭と紐で形を作り、その地面にある黒っぽい石をどけると白い地面が見えてくるのです。このラインが地上絵となります。

1500年以上の間保てたのは、雨が殆ど降らないという奇跡によるところが多いのでしょうね。

動植物の地上絵が有名ですが、これはフマナ平原のごく限られたところにあり、殆どは直線か幾何学模様です。

ニューヨーク大学のアンソニー・アヴェニ教授は、ナスカのラインを30年にわたって研究している、天文学者であり考古学者です。

直線の方向と天体の動きの関係を徹底的に調査した結果、天文学との関係を示すラインは見つかりませんでした。

これは、見るためのものとは限らない・・・。目からうろこな話です。

では、最大のミステリー・・・。何故ラインは作られたのでしょうか?

ラインを追っていると、ラインセンターと呼ばれる興味深い場所を発見しました。このラインセンターは、幾何学図形やラインが集まってくる場所のことです。ラインセンター実に62箇所。直線の数、762本。

ラインセンターに繋がっていない線は殆どなく、どのラインセンターにも共通するのが、近くで儀式用の土器が割られていたことと、水に近い場所や、山のふもとにあったということです。

唯一の建造物、カワチ遺跡には生活の跡がなく、神殿遺跡であると思われます。ここでは、トウモロコシや唐辛子、ユカ(いも)などが出土しています。

ここは、ナスカ各地から特別な時だけに集まる巨大な巡礼センターであったのではないかと思われます。

では、彼らの宗教観はどんなものだったのでしょうか?

ナスカの人々は、生物に宿る「精霊」を信じていました。特定の神を信じていたのではなく、生物に宿るつまり、ハチドリ、クモ、サルが、祈りの対象だったのです。神官は、精霊と交信するため、または成り代わるため、幻覚を見るサボテンの汁を飲んでいたといいます。

王がいなかったのは確実で、神官が社会の指導者でした。

プマナから20キロのところのパルパに、ナスカ時代の集落の跡があります。ここで、神官と思われる墓が見つかります。殆ど盗掘されていましたが、残っている埋葬品から階級の高い人だったのではないかと思われます。

階級はないと思われていましたが、ナスカでは珍しいようです。ここからも首級が発見されています。これは、五穀豊穣を願ってのことのようです。

ナスカ文化に先行するパラカス文化の時代から栄えた地域・・・。ここにも地上絵がありました。相違点は、山肌に書かれていることと、小さいということでした。

パルパ、チチタラに地上絵のルーツがあります。パラカスの岩絵といわれています。BC600年〜のもので、ヘビ、ねこ科の動物、サル、ヒト、などが描かれています。

ナスカの地上絵には動物の地上絵と直線や幾何学模様のものがあります。が、動物の地上絵の上に直線や幾何学模様が描かれているのが解ります。動物のほうが、500年ほど古いのです。動物の地上絵にはナスカ前期の土器が、直線や幾何学模様にはナスカ後期の土器が散乱しています。

この一筆書き、儀礼のための歩行路ではなかったか?といわれています。たくさんの人たちが、神官の後に続いてラインの上を練り歩きます。音楽を奏でたり、土器を持って・・・。

国立考古人類歴史学博物館に、「テラコッタの飾り板」が保管されています。これは、巡礼や儀礼を表したものとされています。そこでは、アンタラという楽器が演奏されていました。音は、ケーナのようでした。

カワチ遺跡では、3世紀から乾燥が進み大地震や洪水に見舞われます。4世紀前半に大洪水の痕跡が見つかります。神殿が埋まってしまったのです。

このことがあって、カワチを放棄してしまいます。その後から、地上絵に変化が出てくるのです。

動物は描かれなくなり、代わりにおびただしい直線や幾何学模様が描かれだします。この一部が、必然性を持って日の出、日の入りと重なっていたのです。台形にも規則があって、川の流れに対して平行に流れていました。また、台形の方向も一定で、右側に神をおき、水にかかわる儀礼をしていたのではないかといわれています。

ナスカのカンタヨクには、プキオと呼ばれるものがあります。これは、ケチュア語で水の湧き出る場所という意味で、この地下水路の水で灌漑農業をしていたことがわかっています。これは、ナスカ時代、AD550年ごろ作られたものでした。直線と地下水路は同時期に作られていたのです。

また、ラティサ遺跡から、発見された若い男性の遺体には首から上がなかったり、土器等からも首級の書いた絵が発見されています。有名な土器「神話的シャチ」のシャチは丸い首級を持っています。ナスカの地上絵のシャチ、シャチも何か丸いものをぶら下げています。これは、首級なのです。

このように、ナスカには首級から木が生えている・・・というようなデザインがたくさん見られます。この首級、見せびらかすものではなく、豊富な水や、五穀豊穣のため、地中に埋められたものでした。

では、放射線状のラインは?この秘密のとく鍵は、ペルー・クスコにありました。このクスコはインカ帝国の首都です。

17世紀のスペイン人の記述に、コリカンチャ(太陽の神殿)から、ワカという礼拝所が放射線状に一列に並んでいる。それをつなぐ目には見えない概念上の線をセケといって、このセケは41本存在する。セケは、太陽やすばるを見るラインと重なっており、太陽時計の役割も担っていました。=セロピチュの太陽時計。

このセケを維持するため、人々を

A・支配者の直系の親族
B・支配者の傍系の親族
C・血のつながりのない人々

に分けて、41本のラインを管理担当させていました。つまり、セケは、社会をまとめる要のシステムだったのです。

この放射線状の仕組みは、古代アンデス特有の社会維持の仕組みだったのでは?アンデス全体の概念だったのかも知れません。

ナスカも、ラインセンターで、水の神に祈り、異なる親族集団でそれぞれのラインを管理し、そのライン上でそれぞれの儀式を行ったのかもしれません。

真実は、描かれた地上にあり、乾いた平原に水かもたらされるように祈った。干ばつが繰り返すたびに信仰した・・・。それが地上絵の真実なのかもしれません。

このナスカの人々の祈りは次第に切実なものになっていきました。それは、干ばつがさらに酷くなったからです。
それについて、ナスカの人々の生活も水を求めてさらに上流へと移っていきました。

600年ごろ一帯の乾燥はピークに達します。そうして、ナスカ文化は崩壊し、祈りの場所から人々は去り、地上絵だけが残ったのです・・・。


ああ、古代のロマンですね。殆ど解らないだけに、探究心が掻き立てられます。インカ文明の人々も、字という文化がなかったために、殆どがミステリーに包まれています。私が生きている間に新しい考え方がどんどん出てきて、楽しませてくれることを待つことにします。O(≧▽≦)O


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posted by ちゃーちゃん at 09:56| Comment(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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