2011年11月09日

ひとつのヨーロッパへ

池上彰の「現代史講義」第13弾です。

今、世界的にニュースになっているヨーロッパ、このヨーロッパはどのようにして出来たのでしょうか。

今に至るまでには、様々な人間の愚行がありました。
大変難しく、混乱している現在、しかし、英知を結集してひとつでも良いものを作っていこうと頑張ってきたのです。

その中のひとつが、ひとつのヨーロッパ。
第二次世界大戦以降、ひとつのヨーロッパにすれば戦争がなくなるのでは?
と、ヨーロッパの人は考えたのです。

<ギリシャの暴動>について・・・。
2010年5月、3年間で300億ユーロ(約3兆800億円)の歳出削減を行うと、ギリシャ政府が発表しました。その中には、年金の受給年齢引き上げ、国のサービスの削減、公務員の給料を減らす・・・。などの政策がありましたが・・・。それは、どうしてなのでしょうか?

そこには、ギリシャがEUに入っているが故の苦悩があったのです。
2009年秋の総選挙で、政権交代がありました。この政権交代により、今までの秘密がボロボロ明らかになってきました。その中でも酷かったのが、財政赤字です。
財政赤字が、対GDP(国内総生産)12.7%であることが発覚したのです。これは、前の政権が発表していた4倍に当たりました。
おまけに、EUとして、ギリシャの財政を調べると、財政赤字は13.6%にもなりました。

ギリシャが赤字→赤字国債の発行→国債を発行しても買ってもらえない→高い金利をつける→ついには一年物の利回りが8.79%に上りました。つまり、これくらい高い金利をつけないと買ってもらえないのです。

これは、今、経済状態のいいドイツより、6%の上乗せで、ドイツの国債であれば、2〜3%であっても、安心して買われています。

この結果、財政赤字からの悪循環が始まり、借金は拡大し、国債は紙くずになるかもしれない・・・。ということで、EUに助けを求めました。

EUとしては、当たり前のことですが、「自分が先ず、身を切りなさい」と返事をしたので、ギリシャは公務員を減らす、年金を減らす、国民に我慢をさせる・・・。と、発表しました。このことが、国民の暴動へと発展したのです。

ちなみに、日本の財政赤字は(2010年度)対GDP比8.7%、国債及び借入金残高973兆円もあります。日本のほうが、酷くて深刻なのでは?
日本では、政治家が国民の反発を恐れて対策をとらずに先送りしているのが現状です。ちなみに、イギリスでも暴動に発展しています。
どこを見ても、若い人が(40代)国のTOPに立たないと、先のことは改革しないという政治家が多いと言えます。

ただ、日本の場合、外国が勝っているのは5%ぐらいで、国債の95%は日本の中で消費されています。しかし、ギリシャの場合、ドイツやフランス、北ヨーロッパの国々や会社が国債を持っています。そのことが、日本よりも深刻な状態を招いているのです。

国債が怖くて買ってもらえない・・・。となると、国債の格付けが下がります。そうなるとまた、売ろうとします。すると、また値段が下がるのです。

国債の流通価格が下がると、金利が上がるのですが・・・。つまり、ギリシャの流通価格が下がってしまって、悪循環から抜け出せなくなります。
そこで、ヨーロッパの国々(ドイツ・フランス)が、支援をします。そうすると、財政は破綻を免れ=金利は下がります。

このユーロ、全てのヨーロッパ連合が使っているわけではありません。ギリシャはもともとドラクマでした。が、観光大国のギリシャとしては、両替をするのが面倒だったり、手数料を取られたりするということ、また、貿易に関しても、ユーロの中なら変動しないから為替差損もなくなる、と、ユーロランドに参加したのですが・・・。

この仲間になるためには条件がありました。
その条件は、経済状態の悪い国は、ユーロの信頼度がなくなるので、財政赤字は小さくなくては駄目よ!というものでした。
つまり、ユーロ加盟条件は、対GDP比で3%未満でないと駄目というものでした。これにギリシャは嘘をついて加盟したのです。本当は13.6%でした。

ここが、ユーロ圏が抱える難しい問題点なのです。

ユーロを管理しているのは、欧州中央銀行です。つまり、ここが、金利を決めています。しかし、国の財政政策は、自分の国で個別に考えないといけないのです。

日本なら、財政政策も、金融政策も自国でできます。つまり、ユーロ圏では、個別の金融政策が取れないのです。例えば、ドイツは金利を引き上げたいのですが、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルは下げたい・・・というように。

つまり、金利を下げたい国も、上げたい国も、財政政策だけで頑張らなくてはならないのです。ユーロだと、景気の回復も難しいのです。

経済状態がわるい、景気が悪くなると通貨は値下がりします。そうすると、輸出がしやすくなります。そうすることで、大量にお金が入り、景気が回復するのです。

しかし、為替の変動のないことが、回復しにくくさせているのです。

ちなみに、ドイツのメルケル首相は、「怠け者のギリシャはもっと働くべきだ」と、言いましたが、実際に調べてみると、ドイツ人の年間労働時間のほうが少なかったといいます。つまり、ドイツは労働時間内の生産性が高いといえるのです。

こんなふうにギリシャのことを言っているドイツですが、実はドイツはギリシャの恩恵を受けています。ユーロの値段が下がるということは、ドイツは商品を安く売れるということです。自動車は絶好調だといえます。

つまり、経済力の違う国が一緒になると、大きな弊害が出てくるのです。


EUは、どのようにして始まったのでしょうか?それは、第一次世界大戦、第二次世界大戦で、ヨーロッパ中が焼け野原になってしまいました。どうしたらヨーロッパから戦争をなくすことが出来るのだろう?それは、国境があるからだ。資源や工場の独占から戦争が起こるのだ。ということで、ひとつの国にしようという理想から始まったのです。

でも、いきなり全部しては駄目!ということで、とりあえず出来ることから一つ一つ・・・。

まず、アルザス・ロレーヌ地方の石炭をめぐって、いつもドイツとフランスは戦っていました。これをどうするか?ということで、みんなで共同管理しようと、

1951年ヨーロッパ石炭・鉄鋼共同体(ECSC)を作りました。参加国は、フランス・西ドイツ・イタリア・ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの6カ国でした。
ここから欧州連合が始まったといえます。
ちなみに、スイスは国連以外、どこの国際組織にも入っていません。スイスフランとユーロが流通していますが、今は、スイスフランは高くなりすぎています。

そうして、経済一般を強化するため、
1957年ローマ条約に調印。し、
1958年ヨーロッパ経済共同体(EEC)
     ヨーロッパ原子力共同体(EURTOM)が出来ます。

ひとつのヨーロッパの、理想が始まったのです。
外国製品に関税をかけるのが貿易ですが、これを引き下げ、やめることに成功、1967年この3つの共同体をまとめて、

ヨーロッパ共同体(EC)が、12カ国で始まります。経済協力だけではなく、もっと協力し始めます。

・入国管理の撤廃。
・ヨーロッパ全体の行政機関を作ろうと
 1993年、ヨーロッパ連合(EU)となるのです。
このEU、オランダのマーストリヒト条約に基づいています。ベルギーのブリュッセルが本部です。
何故ベルギーかというと、ベルギーは、フランス語圏、オランダ語圏、ドイツ語圏があり、ヨーロッパの縮図のようだからです。

このベルギー、今も国家分裂の危機にあります。それは、イデオロギーのみでなく、フランス語にするか、オランダ語にするか・・・。1年以上組閣が出来ない状態が続いています。

しかし、NATOに参加、リビアにもベルギー軍は参加しています。
ベルギーは立憲君主制ですが、国王は政治に口出しできません・・・。が、まとめるのが上手なファンロンパイに首相をお願いし・・・。

首相になったものの、初代EU大統領となってしまいました。そうなると、ベルギーを治める首相が不在になってしまいました。この初代EU大統領は、ドイツやフランスなどの大国が出すのは影響力がありすぎるし、イギリスのブレア首相はなりたかったのですが、「ユーロを使っていない国」なのにいかがなものか?とけちがつき、ファンロンパイになりました。

が、EUにとられたために、未だにベルギー国内では混乱が続いているのです。

2002年1月1日、ユーロ導入。このとき、13カ国でした。ヨーロッパにひとつの共通通貨を!!と、始まったのです。共通通貨単位は(ECE)。この信頼のかなりの部分をマルクが占めます。ドイツが脱退することは、ユーロの破綻になるので、ドイツの脱退は有り得ないだろうといわれるぐらいの信用があるのです。

このことで、それぞれの国が、通貨の発行権を欧州中央銀行に譲ったことになります。これは、欧州合衆国に移譲する第一歩となりました。

では、イギリスはなぜユーロに参加しないのでしょうか?
ユーロのお札に描かれている門と橋、これは、どこの国にもありそうで、有り得ない門と橋が描かれています。つまり、どの国でも使えるように・・・。イギリスのエリザベス女王は有り得ないから。。。イギリス人のプライドが許さないのでしょう。

ちなみに、コインは、表は同じですが、裏はそれぞれの国のデザインになっています。

この、関税の撤廃により、商品の定義が細かく作られます。何をもってビールとするか、チョコレートとするか、ありとあらゆる商品について基準を定めました。ひとつの国にするために・・・。

今では、パスポートのスタンプもユーロ圏では押しません。国境がなくなったといえるでしょうか?ひとつの国になったのでしょうか?戦争がなくなったのでしょうか?

本当に大丈夫?
今、問題となったのが、トルコをEUに入れるのか?という問題です。トルコはヨーロッパ?という問題です。ヨーロッパとアジアの分かれ目は、ボスポラス海峡といわれています。この海峡を挟んでヨーロッパとアジアに分かれているのです。つまり、トルコのほんの一部がヨーロッパに入っているのです。

おまけにトルコはイスラム圏です。イスラム教圏なのに、キリスト教圏に入るの?という本音の問題です。
今までは、東ヨーロッパの時も、東方正教会だからキリスト教圏です。つまり、知らず知らずのうちに、キリスト教圏の国ばかりになっていたのです。

他にも、ルーマニア・ブルガリア・ハンガリーからの出稼ぎ労働者のおかげで、先進国の賃金が上がらないと、差別が始まりました。

また、アラブの春のチュニジアの人は、もともとフランスの植民地であったためフランス語が話せます。ので、フランスへ移民したいという人が殺到します。そうして、船で渡れる一番近いイタリアに上陸しました。イタリアは、さっさとフランスに行って欲しいので、EUへの滞在許可を出し、フランスに行くように促しました。そうなると、「移民はもう結構!!賃金は上がらないし、治安が悪くなる」と、フランスはイタリアとの国境を閉鎖してしまいました。

国境なき世界を作りたかったのに・・・。
フランスでは来年、大統領選挙があります。移民排斥運動の中心人物、フランス国民戦線のマリーヌ・ルペンが、サルコジよりも高い人気を誇っています。来年のフランスの選挙では、移民の許容範囲が問題となるでしょう。

ひとつのヨーロッパを作ろうとしたのに・・・。
ヨーロッパの外の人を排斥しようとする運動が起こってきているのが現状です。

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posted by ちゃーちゃん at 15:20| Comment(1) | 池上彰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ひとつのヨーロッパへ: 日々徒然〜歴史とニュース?社会科な時間〜
Posted by christian louboutin スニーカー at 2013年07月21日 14:24
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