正倉院は・・・
奈良時代に、国・郡・大寺院などには正倉という倉庫が建てられ、穀物や種々の財物、道具類が納められていました。この正倉がいくつも集まった場所が正倉院です。
この倉庫は板倉造で、741年から750年に建立されたと推定できます。
宝庫には、約9000件の宝物が伝わっています。宝物のうち、中核と言うべきものは、聖武天皇が亡くなった49日目である天平勝宝8歳(756)年6月21日に、光明皇后が東大寺大仏に献納した聖武天皇のご遺愛品です。
他にも、皇族や貴族たちが大仏に献納したもの、東大寺の法要で使われる仏具類・楽器・楽部の面・装束、宮中の年中行事で用いられた道具類、武器・武具・文房具・遊戯具・飲食器・文書などもあります。
やはり、今回の目玉はこちら。。。
![shosoin_top[1].jpg](https://chachacha-mama.up.seesaa.net/image/shosoin_top5B15D-thumbnail2.jpg)
瑠璃坏(るりのつき)です。こちらは、シルクロードの交流を伝える宝物です。
![b0063958_1801275[1].png](https://chachacha-mama.up.seesaa.net/image/b0063958_18012755B15D-thumbnail2.png)
こちらは、鏡を入れていた鏡箱です。
とっても綺麗な模様がついています。
![treasure_photo02[1].jpg](https://chachacha-mama.up.seesaa.net/image/treasure_photo025B15D-thumbnail2.jpg)
こちらも展示していました。去年、蘭奢待のあったコーナーに

赤いバチも展示されていました。
バチは、とっても練習していたようで、バチの先が丸くなっていました。
私の三味線もそうですが、この頃から象牙だったようです

今では御禁制ですが

そして、私が笑ったのがこちら。
![IM00403709_MGY00P[1].png](https://chachacha-mama.up.seesaa.net/image/IM00403709_MGY00P5B15D-thumbnail2.png)
「紫檀金銀絵書几」です。
巻物を読むための物です。
バッと開いて読んでなかったんですね。

あ、そうか・・・天皇だからなあ。そんなはしたないことはしないのか・・・

他にも、双六がたくさん展示していました。
私 「清盛にあやかっているのかなあ?」
パパ「視聴率悪いからなあ・・・。あやかるの?」
みたいなことも思って観たりして。
とっても混雑していて・・・
1時間ほど並びましたが、とっても楽しく見てきました。
こんなふうに、昔のものが残っているのは世界的にも珍しいそうで・・・本当によく残っていたなあって、”ありがとう”の気持ちでいっぱいです。

だって、奈良の都は80年ぐらい・・・その後は京都がずっと都だったわけで・・・。
ちゃんと管理してくれていたんだなあ

僧だって、昔は戦うお坊さんだったわけで、石山本願寺や比叡山も戦ってますよね。
よく残っていたんだなあ・・・って、感心します。
東大寺のお坊さんは、穏健派でフレンドリーだったんだろうか・・・

もともと都会のセレブだったから育ちのいいお嬢さんだったのかも

って、男ですけどね。

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