2012年10月26日

日向ユキさんです。

日向ユキは、山本八重子の幼馴染です。

”八重の桜”では、剛力彩芽さんがやってくれます。

goriki[1].jpg

今、乗りに乗っていて、ドラマやコマーシャルで観ない日はないですよね。揺れるハート

嘉永4年、会津藩士日向佐衛門・ちか夫妻の二女として、現在の会津若松市に生を受けました。
八重の家の裏にある米代四ノ丁に住んでいた幼なじみで、高木時尾の祖母から一緒に裁縫を習っていました。また、白虎隊の生き残りである飯沼貞吉はいとこにあたります。

そうなのです。だから、きっと、いいおうちのお嬢様だと思うんですが・・・
白虎隊にも出ていたのかしら???

慶応4年、ユキが18歳の時に戊辰戦争が起こります。ユキは籠城しようと鶴ヶ城へと急ぎましたが、城内に入ることができず、敵の弾丸をくぐり抜け市外へと逃れました。
左衛門は大町口郭門の戦いで負傷。ユキの祖母の実家である加須谷邸内の竹やぶで自刃しました。
さらに兄・新太郎も飯寺の戦いで戦死。
戦争が終結すると、ユキは父と兄の遺体を捜し出して、宝町にある浄光寺に埋葬しました。

その後、残った家族と共に斗南藩へ移住します。
そうですね・・・みんな、ごっそり斗南藩へ移住していますね。

苦しい生活を送った後、開拓使の手伝いのため北海道へ渡りました。
明治5年、開拓使官史の内藤兼備と結婚。兼備は旧薩摩藩出身で、戊辰戦争にも従軍していました。
最初は兼備の求婚を拒んだユキですが、周囲の説得や兼備の熱意にうたれ、結婚を決意。
この結婚は「敵味方の確執を超えた結婚の第一号」といわれています。

ユキが語った思い出話を、息子が書きとめたガリ版刷りの「萬年青(おもと)」。
会津女性の健気な生き方を記した貴重な資料として、現在では高く評価されています。


どんな人なんでしょうね。
でも、会津の女性は、本当にかしこい人が多いと思います。黒ハート
来年が楽しみですね。
鬼が笑うかしら???


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posted by ちゃーちゃん at 17:45| Comment(0) | 八重の桜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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