2012年10月13日

天下人が恐れた大地震

絶え間なく揺れ続ける日本列島・・・
その揺れは、時に私たちに牙をむいて襲ってきます。

関西では大地震は起きない・・・
根拠のない自信を突き崩した阪神大震災・・・
それ以降、幾度となく直下型地震に見舞われています。

阪神大震災以降、活動期にないっているとのことですが、これとよく似た時代・・・それが、豊臣秀吉の時代でした。

この世にもはや怖いものがなかった太閤秀吉。
しかし、想定外の大地震が秀吉を脅かします。

東日本大震災以来、巨大地震や津波に対する不安が高まっています。
特に注目されているのが、90年〜100年に1回引き起こす南海トラフ地震です。

国の最新の想定では、最大で死者32万人と言われています。
おまけに、直下型地震はなかなかいつ起こるのかもわかりません。

歴史的に見ても、南海トラフのような地震の前には、何回も直下型地震が起こっていることがわかっています。


豊臣秀吉もそんな時代の人でした。
秀吉がどんなふうにして城を築いて壊されたのか・・・


img_594181_18681825_0[1].jpg

京都・伏見には・・・1964年に建造された伏見城があります。
秀吉の晩年から、時代に翻弄されてきた伏見城。

初代伏見城は、1596年地震で破壊されました。
二代目伏見城は、現在では明治天皇陵となっています。
つまり、伏見城は3か所あるのです。

地震で壊れた初代お城は、絵にすら残っていません。

最初の天守は、今のお城の1キロ南、小高い丘にあります。
今は、古い団地となっています。
団地周辺に、お城であった痕跡すらありません。


伏見=不死身であるということで、「縁起がいい」と、瓦や金具は持って帰られ・・・
発掘しても出てこないのだそうです。

再利用される伏見城。
ところどころに移築された・・・とか、伏見城から持ってきたという言い伝えがあります。

2007年には、宇治市で太閤堤が発見されました。
城とともに秀吉が作らせたかも??と言われています。


直江兼続が4000人で掘り上げたといわれる船入跡。
大坂から船でやってきた外国人に見えるように・・・
この城を整備した目的は・・・第1次朝鮮出兵の講和会議のためでした。
多くのお客を迎える千畳敷も。
秀吉の威信をかけた迎賓館でした。

が・・・
1596年伏見地震、上方大地震が起こりました。
400年前の大地震です。
明からの使者を迎え入れる準備をしていたさなかに・・・

1596年7月13日未明に起こった地震。
5層の天守は大破、城中で亡くなったものは、300人とも500人とも言われています。
秀吉は庭の一角に避難しました。


戦国時代・・・いつ暗殺されるかわからない・・・
秀吉は、女の衣装を着て、自分の身を隠す必要のある程、緊迫した状況。。。
クーデターをおそれ、女官に紛れていたそうです。

地震で心配して登城をするという、加藤清正の有名なシーン・・・。
これはないかもしれません。

家康も、地震の後にすぐに家来を連れて登城をするということは、謀反・クーデターと勘違いされかねないと思っていたからです。


秀吉は、辛くも難を逃れたものの・・・
天守は・・・
当時は、下三層に上二層が乗っかっている形だったので、上二層がずり落ちたとなっています。


現存最古の丸岡城。
この建物は、1階と2階の間に通し柱がありません。上は乗せているだけ・・・
これが、昔ながらの作りです。

しかし織田信長は、突然5階建ての安土城を建てました。
しかし、構造はそのままでした。

伏見城の被害の後は・・・
1,611年に建てられた松江城は・・・
2層ごとに通し柱をしています。
地震の揺れに強い構造となり、それが、地方に伝わっていったようです。


地震が来て、耐震基準が変わるのは、今も昔も変わりありません。


向島にある石垣は、地震によって地面の揺り込む・・・
3.6mも沈下したという記述もあります。

同じ場所で下水工事中に、地上から4m下で巨大な石が発見されました。
液状化現象が起きていたことがわかります。
出城はまさに“砂上の楼閣”だったのです。
被害は、巨大な土木工事が起こした人災でした。


この地震の正体は・・・

“活断層”

地震から400年後に見つかりました。
有馬・高槻断層帯・・・
伏見から反対方向は淡路島までありました。
マグニチュードは8に近かったようです。

その痕跡は、今もたくさん残っています。
田んぼに・・・古墳に・・・
伏見地震の被害は、神戸まであったことがわかっています。

そして、割れ残った野島断層が阪神淡路大震災を巻き起こしたのです。

断層から離れたところにもたらす“ディレクティビテイー”(指向性効果)。
断層の破壊によってできる地震。伝わり方にも違いがありました。
その揺れが、伏見城を崩した力となったのです。


今も昔も・・・秀吉の中に、人間の弱さ、浅はかさを感じずにはいられません。

その2年後、秀吉は激動の生涯を終えました。


秀吉の時代から400年・・・
地震と人間との関係は変わりません。
過去のことを勉強して、現代に生かさなければなりません。

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posted by ちゃーちゃん at 09:14| Comment(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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