2012年09月19日

城下町へ行こう!「水戸の城下町」

水戸と言えば、水戸黄門。
今回は、城下町に残る水戸黄門の不思議です。

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茨城県水戸市。
人口26万9335人、面積217.43㎢、特産は納豆・梅・あんこうです。
常陸国水戸は28万石、徳川御三家のひとつ水戸家が長くその地を治めてきました。

水戸藩初代藩主は、家康の11男・徳川頼房。
頼房が、城下町の基礎を造りました。
それを発展させたのが、二代藩主の徳川光圀でした。
この光圀が、名君と呼ばれた水戸黄門です。
幕府の中で絶大な発言力を持つ副将軍として活躍しました。


水戸城は、東西およそ3.5qの広大な敷地を誇っていました。
しかし・・・石垣は一か所もありませんでした。
400年にわたり、土塁が城を守ってきたのです。

でも、どうして石垣を作らなかったのでしょう???
石垣にお金をかけるなら、水戸藩の伝統として、学問に・・・人間教育にお金をかけようとしたのです。
というのも・・・

水戸にはお殿様はいませんでした。
御三家は、諸藩の中でも最高位。中でも水戸藩は定府制を取っています。これは、江戸時代において、参勤交代を行わずに江戸に常住し、将軍や藩主に仕えるのです。
そのため水戸の殿様は、いつも江戸にいたのです。

その中でも、光圀は唯一、水戸で産まれた殿様でした。
そこは・・・水戸黄門神社となっています。

水戸光圀は、とってもイケメンでした。
「桃源遺事」には・・・
 御色白く 御像高く
 世情にて美男の聞え有り
光圀のいるところには人垣ができ・・・江戸のスターだったようです。

黄門という名は、中国の官職名で、「黄門侍郎」の略称です。
皇帝に仕え、家臣たちに仕事を伝える中納言です。


水戸黄門は7人いた???
歴代藩主の中で、中納言になった人は7人いましたが、水戸で生まれ、隠居後水戸で過ごしたのは黄門様だけです。
人々は、特別な親しみを込めて、水戸黄門様と呼んだのです。

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弘道館・・・は、水戸藩9代藩主徳川斉昭によって創設された藩校です。
1857年開館。

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斉昭が人材育成を目指して建設した水戸藩の藩校で、5万4000坪の敷地は全国一を誇る広さで、総合大学のようなものでした。
徳川慶喜も、この弘道館出身で、エリート養成校でした。

学んでいたのは、究極の歴史学「水戸学」。

水戸光圀が編纂したのは「大日本史」。
これは、光圀最大の功績とされています。
全397巻、目録5巻からなっています。
これは、天皇家から地域の歴史まで、日本の歴史を網羅したものです。
水戸藩の一大事業として1657年に着手し、1906年に完成したものです。

これを基本としたのが水戸学でした。
水戸学は、尊皇敬幕(天皇を頂点に幕府が政治を行うのが望ましいという考え方)でした。
しかし、弘道館が建てられたころには攘夷思想が蔓延していました。

1853年黒船来航・・・これ以来、日本の鎖国政策が崩壊してしまいました。
井伊直弼は開国を決断しましたが・・・水戸藩は、尊皇攘夷を貫きました。それは、水戸学によるものです。

この水戸学を学んだのは・・・吉田松陰ということは、高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文、藤田東湖・・・この東湖に影響を受けたのは、西郷隆盛でした。
明治維新・・・この礎になったのは、水戸学だったのです。

武士の世を終わらせた明治維新は、水戸黄門から始まっていたのかもしれません。


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偕楽園。
そこは、日本三大庭園のひとつです。
天保13年、徳川斉昭によって水戸随一の場所に作られました。
江戸時代には、庶民にも開放されたそうです。

千波湖には黒鳥がいます。
が・・・白鳥もいます。
この白鳥は、彦根藩からもらったものです。
でも・・・?水戸藩と彦根藩は、桜田門外の変なんかで犬猿の仲なのですが・・・?


安政の大獄、桜田門外の変なんかの歴史のわだかまりを解くための白鳥が水戸へ、彦根には梅が贈られました。
水戸と箱根は今では親善都市となりました。


水戸黄門伝説には・・・
北海道探検をしたというものがあります。
1666年、7000両をかかて大船を建造します。

「快風丸」・・・この船で、蝦夷地探検を行ったと言われています。
未開の土地・蝦夷に探検隊を派遣しました。
その目的は交易と言われていますが、もう一つ、義経伝説の調査を大日本史に載せるために調べていたようです。
が、その真偽は定かではありません。


黄門様はどんな夢を見ていたのでしょう。
黄門様と一緒に歴史を歩いてきた水戸の城下町でした。

水戸光圀は暴れん坊副将軍だった 真説水戸黄門
水戸光圀は暴れん坊副将軍だった 真説水戸黄門

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posted by ちゃーちゃん at 09:02| Comment(0) | 城下町へ行こう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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