2012年07月05日

城下町へ行こう!「高知の城下町」

今週は、「高知の城下町」でした。

土佐といえば、幕末の英雄・坂本龍馬。
しかし、坂本龍馬以外にも、不思議はいっぱいあるはずです。揺れるハート

高知の魅力と不思議とは???

高知県高知市、太平洋に面したこの土地は、人口34万2722人、面積309.22㎢、特産は鰹、茄子、柚子・・・
古くから漁業によって栄えてきました。

この土佐の気質は、豪快にして頑固、武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎に代表されています。

戦国時代、この土地を納めていたのは、長宗我部氏。長宗我部家21代目当主・長宗我部元親です。
元親は、命知らずの一領具足を従えて、四国統一を果たしたと言われています。
まさに、四国の覇王。

しかし、関ヶ原で西軍についた長宗我部氏は改易。
そこに土佐一国を拝領したのが、「功名が辻」で知られる土佐藩初代藩主・山内一豊です。

NHK大河ドラマ 功名が辻 スペシャル DVD-BOX / 仲間由紀恵, 上川隆也, 武田鉄矢, 前田吟, 大地真央 (出演); 司馬遼太郎 (原著); 大石静 (脚本)
NHK大河ドラマ 功名が辻 スペシャル DVD-BOX / 仲間由紀恵, 上川隆也, 武田鉄矢...

【全巻セット】 功名が辻 文庫版 全4巻セット
【全巻セット】 功名が辻 文庫版 全4巻セット


一豊は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人の天下人に仕え、家康の命により、遠州・掛川から土佐へ・・・。

一豊は、この地を納めるにあたって、南海道随一と呼ばれる名城・高知城を築き、厳しい身分制度を制定します。
しかし、その上士と下士(郷士)の関係が、反骨心となり、幕末・明治維新へと繋がっていくのです。

高知城は、江戸時代に造られた天守閣と本丸御殿が現存する唯一の城です。
山内一豊が1601年に築城をはじめ、わずか2年で完成しました。
高知の町を眼下に望む、三艘六階のその天守閣、堅牢なだけでなく、その優美な姿は南海道随一の名にふさわしい名城です。

kouchijo[1].jpg

城下を見下ろす天守閣、一豊はこの城の造りに異常なまでに神経を注ぎます。
「廻縁高欄」と呼ばれる物見台は、城内への侵入者を発見するためにつけられたと言われています。

当時の四国は、関ヶ原で東軍・家康についた大名ばかり・・・
高松・生駒一正、徳島・蜂須賀至鎮、松山・加藤嘉明、宇和島・藤堂高虎。

外敵の心配は少なかったと考えられています。
しかし、護衛は欠かせませんでした。
こんなにまでも、一豊を怖れさせたのが・・・

山内家以前にこの地を治めた人物。。。
鬼若子と呼ばれた長宗我部元親。
群雄割拠の戦国時代に四国統一を成した名将です。

南海の翼 ─長宗我部元親正伝 [単行本] / 天野 純希 (著); 集英社 (刊)
南海の翼 ─長宗我部元親正伝 [単行本] / 天野 純希 (著); 集英社 (刊)


そんな元親を支えたのが命知らずの軍団。
一領具足と呼ばれたその兵士たちは、長宗我部氏の復権を願い、元親が亡くなった後もこの地に残り、や農地家にとっての脅威となっていました。

一豊は、影武者を6人、鉄砲を100丁、厳しい身分制度で締め付けようとしました。
それが、上士と下士です。

生活の面でも、お城の周りを上士で固め、下士は上町と下町に分けて住み分けさせました。

上士と下士の身分は絶対でした。


木綿以外の服は一切着てはいけない。
上士とすれ違う時は、笠を取って頭を下げる。
住む場所も細かく決められていました。
地図にも書かれていない・・・塵芥のごとき扱いです。

戦国武将シルク扇子「長宗我部元親」 / 歴史城
戦国武将シルク扇子「長宗我部元親」 / 歴史城

それだけ、長宗我部を怖れていたのです。
260年間恐れていた長宗我部氏・・・。
その気質と文化が城下町には残されています。


高知市にある中央卸売市場、昭和5年に設立され、日本で2番目に長い歴史を持ちます。

土佐といえば鰹。
長宗我部の兵士たちも、鰹を干して、兵糧として、戦の時の非常食としても食べたそうです。
これが鰹節のルーツと言われています。
「勝男武士」として、戦の時のお守りにもされていました。
私なんか、こちらを思い出しちゃいました。揺れるハート

e0083155_19183088[1].jpg

郷土料理「鰹のたたき」のルーツは・・・
ここには、殿さまへの反骨精神が伺えます。

江戸時代初期、土佐藩内で食中毒が多発します。
その原因が、鰹の刺身でした。
当時、流通速度も速くなかったので、痛みやすく・・・
鰹を生で食べること禁じました。

しかし、素直に受け入れない庶民たちは・・・
表面をあぶって、「焼鰹だから生じゃない!!刺身ではない!!」と言って食べたのです。
この権力者をも欺く反骨心が名物料理を生んだのです。


P1000972-1024x768[1].jpg

この像は、長宗我部元親初陣の像です。
長宗我部元親は、群雄割拠の戦国時代、織田信長に刃向い徳川家康にも牙を剥きました。
四国統一を成し遂げた英雄として武勇を残しています。

その豪快さ・・・
そしてお酒好き・・・
古くは、平安時代・紀貫之が土佐日記に書いています。
その酒豪ぶりを!!!
「子供まで酔っぱらって正気を失って、一の字でさえ知らない者が、その足は十という字を踏んで遊ぶ」
と書いています。

元親公にも酒豪伝説がありました。
土佐では、家臣たちが酔っぱらってけんかをすることもしばしばでした。

「大酒を飲み 酔って暴れ 喧嘩や口論をしてはならない。
 違反したものは成敗する。」
と、元親が禁酒令を出しました。


しかし、自分はこっそり飲んでいて。。。

その現場を家臣に見つかり・・・
家臣は命がけで注意します。
その時元親は・・・
「やっぱり禁酒令をやめよう」
ということになったとか。

山内家にも酒が好きだったようで、幕末の山内容堂は・・・
土佐湾の酔っ払いという意味で、「鯨海酔候」と呼ばれその名の如く、一日に3升は飲む酒豪でした。


img_942788_33742661_0[1].jpg

高知駅前にあるこの像は・・・
武市半平太・坂本龍馬・中岡慎太郎。
土佐勤皇党結成150年を記念して造られた像です。

土佐では男勝りできっぷのいい女性のことを「八金」と言います。
語源は、男4人を手玉に取るほどバイタリティがあるという意味です。
「八金」に対して男は「異骨相(いごっそう)」。
頑固で一本気という意味です。
今もその豪快な気質が受け継がれています。

土佐っ子の原点は・・・
古くから土佐の人に深く信仰されてきた「薫的神社」。
もともとここは、長宗我部氏の菩提寺「瑞応寺」として知られていました。

ここの元住職は一本気、元祖異骨相・薫的和尚です。

話は、江戸時代初期、山内家が土佐に入ったころ・・・
長宗我部氏の菩提寺の和尚だった薫的は、第2代土佐藩主山内忠義の戒名の間違いを指摘したことをきっかけに、山内家から疎んじられ投獄されます。
しかし、許しを請うこともなく、壮絶な自害を遂げたそうです。
権力に屈せず、自らの信念を貫く・・・
それが、「元祖異骨相」の所以です。

あまりにも不器用な生き方です。

土佐の郷土料理は・・・
皿鉢料理。
大皿に刺身やたたきを波のように並べ、寿司・揚げ物・デザートなどを盛り合わせます。

そして鯨・・・
古くから捕鯨が盛んで、長宗我部元親が、豊臣秀吉に鯨を一頭丸ごと献上したと言われています。
土佐の人は、一年の締めくくりに鯨のすき焼きを食します。
くじらのすき焼きセット(3〜4人前)【居酒屋 鯨海】
くじらのすき焼きセット(3〜4人前)【居酒屋 鯨海】

四国の覇者・長宗我部元親。
維新の英雄・坂本龍馬。
時代の全く違う2人が、鯨を食べ、南海を望みながら、天下に思いを馳せたのかもしれません。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ
posted by ちゃーちゃん at 10:42| Comment(0) | 城下町へ行こう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。