2012年07月17日

そうだったのか!池上彰の学べるニュース 特別編

今回は、ニュースでよく使われる言葉を一から解説してくれました。

まずは
東京電力実質国有化のニュースについて・・・

東京電力が、実質国有化されることになりましたが・・・
「実質国有化」とは?
何が変わるのでしょうか??

では、なぜ「国有化」するのでしょうか?

かつては、旧・長銀(=新生銀行)や旧・日債銀(=あおぞら銀行)が国有化され、再生されました。
というのも、もし、銀行が倒産すると、預金者から「預金を返せ!!」ということで、社会が混乱します。

倒産すると影響の大きいところに対し、混乱を防ぐために、お金を出して経営権を握ること。。。
それが、国有化なのです。
そして、経費削減やリストラに励むのです。

東電の損害賠償金は、2年間で4兆5000億円、実質的に破綻していると言っていいのですが。。。
潰してしまうと、私たちの暮らしにも、経済的にも大打撃となります。

そこで、存続させ、立ち直らせていこうというのが国有化です。

では、「実質国有化」とは???
完全国有化と実質国有化の違いは・・・
株の保有率の違いです。

具体的には・・・50%以上。。。
新たに発行した株を、国が買い取るというものです。
そして、国が一番の大株主になろうというものです。
しかし、そのお金は、税金からなります。
つまり、国が株主になる=国民が株主になるということです。
実質国有化に向けて、新規発行した株を1兆円で買い取るということです。

そして、国が行おうとしているのが、発送電分離。
現在では、一般家庭は電力会社を選べません。
発送電分離が実現すれば、電力会社の中から、好きな会社を選ぶことが出来ます。

東電の実質国有化したうえで、発送電分離をしようとしています。
今までは、発電所、送電網、営業所全てが、電力会社の持ち物でした。
これを分けてしまおう!!

という考え方です。
そうなると、競争が生まれるので、安くなるのでは?ということです。
おまけに、発電方法・・・火力・原子力・風力とか・・・を比べて会社を選べるようになるのです。

しかし、送電が難しい。。。
現実的には、今ある電線を利用するしかないのです。
つまり、ただ単に分離すればいいというわけではありません。

そして、今までどうして行われなっかったのかというと、東電と、その監督官庁である経済産業省との暗闘がありました。

昔は、通産省でした。通産省から東電に、天下りが行われてきました。
副社長などのポストを用意し、旧通産省時代から60人以上が天下りしています。
その見返りとして、電気料金値上げなどの許可を受けやすくなっていたのです。

しかし、経済産業省になって・・・
「自由化で安く!!」という発想が出てきました。
それに対し、電力会社が猛反対していたのです。

実質国有化によって、可能になってきたかに見える発送電分離。。。
しかし、不安のタネもあります。
電力を高く売ろうとする会社が、電気を高くするために作るのを控えたら???
電力が安定供給されないのではないのか??
不安定になり、大停電の恐れがあるのです。

課題は多く、議論はまだまだこれからです。

風をつかまえた少年 [ペーパーバック] / ウィリアム・カムクワンバ, ブライアン・ミーラー (著); 池上 彰(解説) (その他); 田口 俊樹 (翻訳); 文藝春秋 (刊)
風をつかまえた少年 [ペーパーバック] / ウィリアム・カムクワンバ, ブライアン・ミーラー ...

政治と経済のしくみがわかるおとな事典
政治と経済のしくみがわかるおとな事典
↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。黒ハート


にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村

社会・経済 ブログランキングへ
ラベル:池上彰
posted by ちゃーちゃん at 10:27| Comment(0) | 池上彰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第27回 「宿命の対決」

第27回「宿命の対決」

源義朝の挙兵を知って「なんと、バカなことを!!」と、京に戻った平清盛は、信西の死を知り、怒りにイカっております。

1159年12月18日、清盛邸では一門が戦いの予感に身構えていましたが・・・。しかし、清盛は全くやる気がなさそうです。
清盛 「皆も知っての通り、中納言信頼様が左馬頭義朝に命じ、上皇様と上西門院様、
    そして、帝を幽閉したてまった。
    すなわち…今は信頼様がこの国の頂きに立つお方・・・
    断じて攻めようなどとは考えるな。よいな。。。」

義朝に信西を討たせた張本人である藤原信頼に対し、恭順の意を示すよう一門に命じます。

まあ、御飾りであったとしても、天皇や公家の権力者に刃向うことは、賊軍間違いなしですからね・・・。あせあせ(飛び散る汗)
でも、重盛は、納得できない様子ですね。失恋

落ち着いてきた清盛に、exclamation×2びっくりexclamation×2してしまいます。


内裏を占拠する義朝のもとには、東国から長男・義平のほか、次男・朝長もかけつけ、三男・頼朝とともに守りを固めています。

藤原経宗「東国武士の戦は、それは恐ろしいものと聞く・・・」

藤原惟方「仮に平氏を退けたとして、あの者たちがこのまま内裏に居座るようになれば・・・」

この二人のキャラが、際立ってきました。黒ハート
自分達は戦わない「姑息感」が溢れています。揺れるハート

おまけに政をまったくやる気のない信頼に失望し、藤原惟方と経宗は、自分たちの判断を後悔し始めています。

う〜ん・・・あなたたちも浅はかだったんですけどね。。。

一方、内裏にいる藤原成親は清盛の長男・重盛の義兄だから、どう転んでもわが身は安泰だと悠々としています。そんなに、面の皮が厚かったのかしら・・・?

ちなみに、内裏の一本御書所に幽閉されていた後白河上皇は、今様を歌いながら舞っています。
何を考えているのやら???

何日待っても攻めてこない清盛にいらだつ源氏勢。
「なにゆえ清盛は攻めてこん!!」

そこへ、家貞がやってきました。あたふたする信頼さんです。。。あせあせ(飛び散る汗)
バカさ加減がとっても出ています。面白いです。揺れるハート
警戒して信頼のそばに集まる義朝や成親たち。しかし家貞が信頼に差し出したのは恭順の意を示す証書・名簿です。
信西を討たれたことに遺恨はないとか・・・

裏があるはずと疑う義朝でしたが、信頼は平氏をすっかり信じきっています。

家貞さん、私の大好きな中村梅之介さんそっくりのしゃべりで、信頼をノックアウトしてしまいました。
本当に、梅雀さん、お父さんの声とそっくりです。黒ハート


清盛邸では宴が始まりました。
そんな宴の最中に客人が。。。
藤原惟方と経宗でした。
二人は今回の謀反を清盛に詫び、自分たちは巻き込まれただけで謀反は信頼がすべて企てたことといっています。
流石公家、汚い!!

経宗「此度の謀反は、全て中納言・信頼の企てたこと・・・
   我等などは、巻き込まれたにすぎませぬ・・・」
惟方「このままでは、都は東夷のなすがままになってしまいまする・・・。」


そして東国武士に占拠された内裏を平氏の力で元の姿に変えてほしいと願いでます。

清盛「巻き込まれただけとは片腹痛い・・・
   公卿どもが語らって、信西殿を亡き者にしたことはわかっておるのだー!!
   まことならば叩き斬ってやりたいところ・・・!!
   だが・・・」と。

清盛は二人の言い逃れに怒って脅した後、望みをかなえる代わりに協力を求めます。

清盛も腹黒くなってきました。黒ハート
やっぱり、そうでないと一番にはなれないのですよね。黒ハート

で・・・
2人が宿命の対決へとすすんでいきます・・・。そう、宿命と書いて「さだめ」、強敵と書いて「とも」です。揺れるハート


内裏では、信頼が遊んでいます。
藤原惟方と経宗が、源氏勢に酒をふるまい休ませるように信頼にすすめます。
「おじゃる〜!!」と、たばかっております。るんるん

信頼はすっかりお気楽極楽気分。黒ハート
お酒を飲んで、大半の兵たちが酔いつぶれる中、経宗は後白河上皇を内裏から救出し、仁和寺に届けます。一方、惟方は二条天皇を女人に変装させて脱出をはかり、六波羅に届けました。

それを機に清盛は、都中に天皇が六波羅にいることを触れ回させます。
やはり、「大義名分」は必要なのですね。
そう、天皇、錦の御旗が!!

翌朝、ことの次第を知った義朝は信頼のもとへ駆けつけ、信頼を・・・4

「日本一の不覚人が!!」と怒りをぶつけます。
これで源氏勢は、天皇に刃を向ける朝敵となってしまっいました。

なのに、義朝、
「それでこそ貴様じゃ・・・清盛!!」
と、とっても嬉しそうです。黒ハート

12月26日、二条天皇がいる六波羅の清盛邸には公卿方のほとんどが集まりました。

二条天皇はじきじきに清盛に声をかけ、信頼と義朝の追討を命じました。
勅命をうけ黒ハート、平氏は官軍となり出陣の準備を始めます。
そう、やはり、官軍になること・・・っていうか、官軍のなった時点で勝利は間違いなしなのね。
この価値観が、600年も続くと思うと、なかなか素晴らしい。。。って言うか、日本人って、疑問に持たないのでしょうか???
疑問を持ったのは、足利義満だけ???
天皇になろうとした将軍―それからの大平記 足利義満のミステリー (小学館文庫) [文庫] / 井沢 元彦 (著); 小学館 (刊)
天皇になろうとした将軍―それからの大平記 足利義満のミステリー (小学館文庫) [文庫] / ...

そんな中、三男・清三郎が連れてこられ、清盛から名を「宗盛」と改めることを命じられました。
初陣です。黒ハート

平氏の動きに呼応して、義朝率いる源氏勢も意気が上がっています。
準備をすすめる義朝の前に常盤があらわれ、必ず勝っておなかの子を抱いてほしいと願うのですが。。。
義朝は常盤のおなかをなでて「牛若」と名付け、強き源氏の武者になると予言しました。
美男美女の二人ですが、牛若って・・・失恋

義朝の子らが内裏の守りを固めるところに、平氏勢が押し寄せます。
平重盛は待賢門を破り、鎌倉悪源太と呼ばれる義朝の長男・源義平と一騎打ちになりました。
重盛、良いですね。いい男っぷりです。黒ハート
頭も脳内筋肉状態ではないですし、清盛の右腕となったのがよく解ります。

内裏の各所でも戦いが繰り広げられていますた清
この頃の戦いって、
「やあやあ我こそは!!」ですが、野原でしないのね。。。
ずーっと、京都の中でやっています。
庶民には、たまったものではありませんね。。。あせあせ(飛び散る汗)

初陣の宗盛は、腰をぬかしております。
まあ、それが本当なんじゃないのかって思います。
戦いがこう着状態に入ると、重盛も頼盛も忠清も軍勢に退却を命じました。
報告を聞いた義朝は後を追って一気に攻めるよう命令するのですが。。。


内裏の一室では、無事を祈る常盤の前に大男があらわれました。
その男は常盤を救おうとする鬼若でしたが。。。
なんで???
って感じが200%ですよねこれって。。。
牛若と、鬼若・・・運命だということで、納得しておきますけど。。。たらーっ(汗)

で、そんなことより・・・戦、戦。

「手筈通り」の清盛です。
表情を表に出さないところが、大人になった証拠でしょうか?

追いかける源氏勢は賀茂川を渡り、平氏の本拠地・六波羅を攻め込もうとするのですが。。。
対岸には、清盛率いる大勢の平氏軍が。。。

源頼政は罠にはまった愚かさを嘆き、その場を去っていってしまいました。
まあ、そんな予感はたっぷりありましたが。。。
ちょっと、義朝が可哀想です。。。バッド(下向き矢印)


平氏軍の放った何千本もの矢に源氏勢は次々と倒れていきます。
実際、あんなに上に放った矢で、こんなに亡くなるのかなあ・・・
なんて、思いもしますが、なかなかダイナミックです。黒ハート

義朝は、清盛との一騎打ちを望み、清盛を河原へと誘います。

どこまで走ってきたの???
っていうぐらいに、みんなの姿は見えません。

そして、誰にも邪魔されない天の上で・・・
龍虎の戦いが始まりました・・・
って、車田正美みたいでしょ。黒ハート

film_main_rinkake-1[1].jpg

雰囲気が黒ハート

馬に乗って、あの重い武具をつけて・・・
2人の戦いはカッコいいですね。黒ハート
でも、清盛、やっぱりあの宋の刀なんですね。。。
それじゃあ、骨を砕いてなぎ倒すことしかできませんよ。

まあ、それでも死んじゃうでしょうけど。。。

清盛「武士とは勝つことじゃ!! いかなることをしても、勝ち続けることじゃ!!」

そうね、棟梁としてはそれが一番でしょう。
清盛「お前は負けたのじゃ!!」
義朝を刺すと思いきや、地面に短刀を突き立てましたよ、清盛。

清盛「次などない戦に、負けたのじゃ!!!」

義朝「源氏は滅びぬ・・・我が身は滅びても、源氏の魂は断じて滅びぬ!清盛、また会おう・・・」

え〜!!行っちゃいましたよ、義朝!!

こんな終わりってアリ???


で・・・二人は・・・これがお互いが、会いまみえる最後だと知っていました。


史実やちょっとしたくいちがいは置いといて・・・カッコいいですね。
久々に、カッコいい戦闘シーンを見ました。黒ハート

清盛と義朝の戦いは終わってしまいました・・・
残念です。

面白かったのに・・・。

でも、これから5か月で、あんなことも、こんなこともしないといけないので、仕方ないですね。
これからも楽しみにしています。黒ハート

武門源氏の血脈 - 為義から義経まで [単行本] / 野口 実 (著); 中央公論新社 (刊)
武門源氏の血脈 - 為義から義経まで [単行本] / 野口 実 (著); 中央公論新社 (刊)

清盛が最も恐れた男源義朝
清盛が最も恐れた男源義朝

↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。黒ハート

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

歴史 ブログランキングへ
posted by ちゃーちゃん at 09:50| Comment(0) | 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

天下の彗眼!毛利家の外交僧 〜安国寺恵瓊〜

今回のTHEナンバー2は、安国寺恵瓊です。

戦国の世に生まれ、後に妖僧・悪僧と呼ばれた男がいました。

安国寺恵瓊です。
ある時は南禅寺や東福寺の住持を務め、禅僧最高権力者・・・
またある時は、中国地方最大の大名・毛利家の外交僧として・・・
そしてまたある時は、秀吉の腹心となる戦国大名・・・

その生涯は、謎に満ちています。
世俗を離れ、平安の世を求めるのが僧侶・・・
しかし、戦国の世を侍とともに暗躍した恵瓊とは???

「信長 あおのけに転ばれ候ずると見え申候」
「藤吉郎 さりとてはの者にて候」

戦国動乱の中、毛利の外交として、天下人の死と、統一を予言した男です。
その慧眼は、どのようにして作られたのでしょうか?
毛利元就に仕え、その死後、三本の矢を支え続けた男、毛利最大の危機を救ったのも、恵瓊でした。

信長の命で、秀吉が備中高松城を水攻めにした際、絶体絶命となった毛利軍に・・・
たった一人で秀吉との交渉に臨みます。

そんな戦国時代のキーパーソン・安国寺恵瓊とは???
安国寺恵瓊がいなければ、毛利家はなかったかもしれません。

政治が朝廷・教養に値するならば、教養豊かな人間がサポートするのは当然でした。
その中でも、安国寺恵瓊は、戦国時代、日本の最高の教養人といっても過言ではありません。

なぜ、恵瓊は毛利家のNo,2となったのでしょうか?

安国寺恵瓊は・・・
戦国時代の真っただ中、清和源氏の名門・安芸武田の名門武田信重の子として生まれます。
幼名を「竹若丸」。
名門と言えども、力がなければつぶされるのが戦国時代・・・
安芸武田の肥沃な領土を狙っていたのが、毛利でした。

天文10年元就が、銀山城に攻め込んだときに、城主は逃げ、父・信繁は孤軍奮闘するも・・・

「武田の誇りを しかと胸に刻み
   そなたの手で 武田を再興せよ。。。」

と、言い残して、城に火を放ちました。

竹若丸は逃げ延びて、安国寺にて剃髪。
安国寺の笠雲恵心は、利発な竹若丸に自分の一字を与え、恵瓊と名付けます。
見抜いたものは、外交僧としての才能でした。


外交僧・・・
外交僧として和睦をする・・・恵心は、そんな外交僧でした。
敵対する両方から信頼出来る人でないといけません。
おまけに、中国の思想に精通しており、例えば・・・「孫子の兵法」なんかを学んでいるので、大名たちにとって必要な知識人・ブレーンでした。

こうして、外交僧としての勉強が始まりました・・・
殺し合いではなく和睦を・・・
戦国大名は、他国と交渉する場合に、教養のあるしかるべき人物を用意していたようです。
織田信長には沢彦。
今川義元には太原雪斎。
いろいろな外交僧がいました。
この二人との違いは・・・
毛利家の外交僧は、合戦をしないということでした。
説得をするのです。
合戦に参加しないのだけれど、それ以上の功績を納めました。

そして、毛利家との対面。
父の仇・・・宿敵・毛利元就です。

元就は、その出を訪ねます。
「わしが殺した武田の末裔か・・・」

「毛利を倒し、そなたの手で武田を再興せよ!!」
という父が浮かびます。

「生まれはどうであれ、今は禅僧の身。
 禅僧に過去等ございません。」

役に立つものは使う!!
元就は、恵瓊を使うことに決めました。
そして、毛利家への遺恨を捨てた恵瓊は、No,2の外交僧となり、戦国の世に躍り出ます。

1571年毛利が勢力を拡大する中、最も恐れていたことが・・・
元就死去。

一代で領土を広げた元就、その死の前に気がかりだったのは・・・
長男隆元の死去。

今後は、輝元を支えて。。。と、恵瓊に頼んで亡くなりました。
吉川元春、小早川隆景の両川体制で、強固に西国での力を保っていました。

足利義昭は、将軍義輝が暗殺され、京都から逃げていたところを織田信長に利用され、将軍となりましたが、それは、信長が京に上るために利用したにすぎません。

その後義昭は京を追放されてしまいました。
そんな義昭が頼ったのが、毛利家でした。

将軍から、畿内を統一して欲しいと頼まれます。
将軍を利用して勢力拡大のチャンス!!

しかし、天下取りの道を突き進む魔王・信長と敵対するのは毛利にとって命取りとなる・・・。
この難局を乗り切るようにと小早川隆景に託された恵瓊は。。。

信長と義昭を和睦させる交渉が始まりました。

大坂・堺での和睦会議で・・・
将軍義昭・義昭の外交僧朝山日乗・信長の家臣羽柴秀吉・・・

京を追放される際に人質を取られていた義昭は、戻るのには信長から人質を取ることを強気に要求します。
それに対し秀吉は。。。人質を交換するのは立場が対等なればこそ。いまの公方さまと上様が同じには思えません。

そういう秀吉に恵瓊は・・・
「なにとぞ良しなに」
と、申し入れます。

京を追放された義昭には、
「よもや安芸には来ないよう」
と、釘を刺しました。

義昭は、堺から紀州へと退去することになりました。

恵瓊は手紙に・・・
「信長の代、五年三年は持たるべく候
    明年辺は公家などに成さるべく候かと 見及び申候

 左候て候
  高ころびに あおのけに 転ばれ候ずると見え申候

 藤吉郎 さりとてはの者にて候」

まるで、数年先の未来が見えているようでした。
安国寺恵瓊の慧眼は、毛利にとってなくてはならないものになっていました。

1582年織田信長が動き出しました。
天下統一の為、毛利を叩こうとします。

指揮を任されたのは、秀吉。。。
秀吉は、黒田官兵衛を従え、中国攻めに乗り出してきました。
秀吉の軍は、どんどん西へやってきます。
いよいよ備中・高松城へ・・・。

高松城についた恵瓊の目に現れたのが・・・
異様な光景でした。
水攻めです。

さらに追い打ちをかけるように、信長自ら5万の軍を以て高松城へ向かう・・・。
戦慄の中、小早川隆景が頼ったのは、安国寺恵瓊の頭脳でした。

恵瓊は家来を従えることなく、秀吉の元へ・・・
迎えたのは、秀吉の家臣・黒田官兵衛。

恵瓊は毛利の条件を出します。
備中・備後・美作の三国割譲、高松城主・清水宗治の切腹。

官兵衛は、「切腹の件、清水殿は承知でしょうな・・・」

「もとよりお覚悟でございます。」=これは、真っ赤なウソでした。

どうして独断だったのか?
それは、毛利の家臣に相談すれば、反対必至だったから。 
しかし、領土の割譲だけでは、秀吉はもとより冷徹な信長が許すわけはない!!
自分一人がやったとなれば、毛利の武門は守られる!!

外交僧として考えに考え抜いた結果でした。
そして、高松城へ赴き、条件を伝えます。
「家臣たちの命と引き換えに」説得しました。

恵瓊が交渉を進める中・・・
秀吉側から使いが。。。
明日にでも和睦を!!とのことでした。

「何かあったか???」

本能寺の変です。

秀吉は、毛利方に気付かれないように、和睦を進めようとしました。
翌日、清水宗治が秀吉の前で切腹、和睦が結ばれます。

光秀討幕の為にとってかえそうとする秀吉。
そこに、信長死す!!の報が、毛利の元へ・・・

恵瓊は一歩先を考えて、秀吉に恩を売ろうとしました。
黒田官兵衛に毛利の旗を贈ります。
道中、毛利が秀吉側についたとわかるように・・・。
この恩を秀吉は、生涯忘れなかったのです。

恵瓊の見込み通り、秀吉は天下人へ。。。

後の四国攻めの際には、小早川隆景は伊予国を与えられ、恵瓊は和気郡2万3000石をもらいました。
その能力を見込んで、直属の部下としたのです。
ここに、僧侶でありながら大名という戦国時代唯一無二の存在となったのです。

しかし、恵瓊の出世を快く思わない人もいました。
その急先鋒が、吉川元春の息子・広家でした。

朝鮮出兵、恵瓊は秀吉の武将として、そして、毛利秀元の後見人も兼ねていました。
しかし、その朝鮮での戦いで、明日総攻撃という日・・・先駆けしようとした広家は、恵瓊に注意されます。しかし、悪態をついて戦い始めてしまいます。

恵瓊は広家をかばいましたが、規律違反として石田三成は広家の功を認めませんでした。
それを恵瓊の画策と思った広家・・・2人の間の溝が広がります。

1598年秀吉がこの世を去り、小早川隆景もこの世を去ります。
毛利の行く末が、恵瓊の手腕に託されることになりました。

そんな時、最後の舞台が・・・
天下分け目の「関ケ原」。
毛利を存続させるために画策します。

毛利輝元を西軍の総大将として大坂城に入らせ、島津義弘を味方に引き入れます。
中国と九州・四国の勢力を一つにまとめたのです。

恵瓊は、自らも兵を率いて関ヶ原。。。
負けることのない戦いへ。。。

総攻撃の始まる瞬間・・・
非常事態が発生!!

吉川が動かないのです。
毛利軍の先陣にいたのは、吉川広家でした。
広家は、恵瓊や三成に反目し、家康と通じていたのです。

さらに、隆景の養子、秀秋の裏切りが発生。

世代は交代していました。
そのことに、世代のNo,2は、気づかなかったのです。

この「天下分け目の」関ケ原。
恵瓊がいなければ、天下分け目になっていなかったとか・・・。

家康の計算によると、
石田三成   19万4000石⇒5820人
大谷吉継   5万石   ⇒1500人
小西行長   20万石   ⇒6000人
全部足しても1万5000人を越えません。

家康が、上杉征伐に用意した兵力は69000人。
つまり、上杉軍+西軍を倒すだけの人数を計算しています。

しかし、西軍は10万・・・
これをやったのは、恵瓊だったのです。

つまり、家康を追い込んだのは、安国寺恵瓊だったのです。

関ケ原の戦いののち、恵瓊は首謀者としてとらえられます。
非は毛利には全くなく自分にあるとし、処刑され三成らとともに三条橋にさらされます。
恵瓊の死によって、西軍総大将・毛利輝元は処刑を免れます。

辛くも毛利は繋がりました。
領地も家康によって1/3に減らされ、2国となります。

さらに、恵瓊こそ妖僧・悪僧という史上最も極悪な坊主とすることで、毛利を抑えようとしました。

「敵は西からやってくる」

毛利が徳川に刃向うのは、その260年後・・・
桂小五郎・大久保利通・西郷隆盛ら毛利や島津の人間が立ち上がったのです。

墨染の鎧〈上〉 [単行本] / 火坂 雅志 (著); 文藝春秋 (刊)
墨染の鎧〈上〉 [単行本] / 火坂 雅志 (著); 文藝春秋 (刊)

戦国の交渉人 (歴史新書y) [新書] / 渡邊 大門 (著); 洋泉社 (刊)
戦国の交渉人 (歴史新書y) [新書] / 渡邊 大門 (著); 洋泉社 (刊)

↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。揺れるハート


にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村
戦国時代 ブログランキングへ
ラベル:安国寺恵瓊
posted by ちゃーちゃん at 15:36| Comment(0) | THE ナンバー2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。