2012年05月11日

城下町へ行こう! 「金沢の城下町」 

城がある町、城に守られている町・・・

今回の城下町は、「金沢の城下町」です。
能登半島の付け根、戦国きってのおしどり夫婦「利家とまつ」の加賀100万石の居城です。

石川県金沢市は、人口46万人。面積は467.77㎢。
特産は、金箔、加賀友禅、金沢漆器。
今日の雅と江戸の粋を併せ持つ100万石の文化芸術の街です。

藩祖は、槍の又左こと、「前田利家」。
豊臣秀吉から男の中の男と呼ばれていました。
豊臣時代は五大老の筆頭。
江戸時代には、諸大名の筆頭・能登、加賀、越中の三国を併せて100万石、14代にわたって栄えた町です。
江戸、大阪、京都に続く大都市で、当時金沢の人口は12万人でした。

そんな金沢にはどんな不思議があるのでしょうか?

1583年、前田利家が金沢入城。
以前あった城を改築して100万石に相応しい金沢城を築きました。が、わずか十数年の後の1602年、落雷によって天守が焼け落ちました。

以後、再建されることはありませんでした。
何故天守を再建しなかったのでしょうか?

お金はあったでしょう。
その最大の理由は、徳川家康にありました。
家康が権力を掌握する中、秀吉の朋友だった利家を脅威と見ていました。
おまけに、2代目に家督を譲ってすぐのことだったので、何か落ち度があればおとり潰しの危機に遭いかねませんでした。

前田家も生き残るために、いろいろと画策していました。
利家の妻、まつ(芳春院)は人質として15年間江戸で過ごします。
そんな中、権力の象徴となる天守を再建するということは、徳川にあらぬ疑いをかけられかねません・・・。
無言で敵対心のないことをアピールしたのです。


金沢城の特徴は、鉛瓦。
この辺りは雪が降るので、当時の技術では瓦が割れてしまいました。
だから鉛瓦。。。戦うときには鉄砲の弾に精製するつもりだったとか。。。


加賀100万石を救った鼻毛の殿様。
それは、前田家中興の祖、3代前田利常。前田家は当時は徳川に徹底服従をしていました。
鼻毛を1寸伸ばし、数々の奇行を繰り返します。
自分は徳川を脅かすほどの器ではない・・・と、マヌケなふりをしていました。

それは、豊臣家と深い関係にあった蒲生・堀尾・加藤は除封、生駒・福島は減封にあっていたからです。

江戸にいるときはマヌケなふりをしていて、お国許では名君でした。


金沢城の敷地にある名勝・兼六園。

兼六園という名は、名勝に必要な6つを兼ね揃えている名園という意味です。
その6つとは、「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望」です。

金沢の城下町・寺町には70以上の寺があります。

妙立寺は忍者寺と言われています。
それは、複雑な造りになっていて、からくりがいっぱいあるからです。
1643年に、前田家の祈願所として移築建立されました。
歴代藩主がここで武運長久を願いました。

金沢城は平地にあったため、守りに難がありました。
そこで寺町を作り、いざというときには兵士が寺にはいり、要塞化しようとしていました。

その総司令部としたのが妙立寺。外からは2階にしか見えないのに、内部は四階七層。
部屋は23室、階段は29か所もあります。
中には落とし穴や隠し通路が至る所にあります。


武家屋敷跡では・・・
中級クラスの武士が集まっていた長町武家屋敷。
大火の後は、大した火災もなく戦災にも遭わなかったので、当時の街並みが残っています。
豪邸に住む足軽。
他藩では長屋に住んでいた足軽たちも、加賀100万石の元では足軽屋敷・4LDKの家に住んでいました。


100万石の文化とは?
金沢文化の茶屋街文化と金箔文化。
金箔は、全国の99%のシェアを占めます。

金沢の地名は、平安時代に兼六園の片隅にある泉で砂金を洗ったことが起源とされています。
前田利家が造らせた文化です。
五円玉ぐらいの金を畳一条に伸ばす技術が必要です。
鎧兜には、個性的なものが多く、加賀の武将たちには金箔を使った武具がたくさんあります。
そこには日本一の金箔文化がありました。


また、加賀は工芸大国と言われています。
金箔産業・加賀友禅・金沢漆器・加賀水引・竹細工・・・たくさんあります。

そんな加賀文化の原点となるのが「御細工所」。
この工房では、元々武具・甲冑が造られていました。
が、時代と共に・・・
戦には関係のないものを中心に、利常が選んだものです。


郷土料理・加賀料理は・・・。
総合芸術・・・加賀文化の集大成・豪華絢爛です。
京都と江戸の味を巧みに取り込んだもので、器は加賀のものを用いています。
まさに加賀の歴史と文化が凝縮された芸術なのです。

加賀毛針。
昔は、縫い針が毛針の代わりに使われていました。
江戸中期に武士が考案したと言われています。
武芸の代わりに藩が奨励したのは魚釣りだったのです。

重い竹竿を刀の代わりに振り、川底を歩いて鍛錬し、毛針を作ることで集中することを鍛えたとか・・・。
それが、内職として普及したのです。


庶民に育まれた茶屋街の不思議。
東茶屋街は、江戸時代そのままです。
「お茶屋さん」は京都と加賀しかないそうで、武家は遊びはご法度でした。
町人の間には雅な生活が根付いていたそうです。

金沢・・・そこは争いを避け、賢く生き抜いてきた華やかな文化を今に受け継いだ町でした。

金沢城下町 社寺信仰と都市のにぎわい
金沢城下町 社寺信仰と都市のにぎわい

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posted by ちゃーちゃん at 13:29| Comment(0) | 城下町へ行こう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ずっと気張っていたかった〜新選組 土方歳三〜

歴史秘話ヒストリア・・・皆さんはどうでしたか?
いつもは見ないヒストリアでしたが、大好きな土方さんなので見ました。

引っ張ってきたドラマは、NHKの時代劇・永井大さんの「新選組血風録」です。
なんか、この時点から気乗りがしなかったんですよね。
だって、この永井大さんの土方さんは、女々しくて・・・というイメージが強いのです。

つまり、このヒストリアの題のようには気張っていなかったような・・・

そんな話はともかく、内容は・・・


「FANはみんな知っているかなあ・・・」って、感じでした。失恋



そんなことを言うとダンナは、

「お前がオタクだからだよ!!」と、言います。


自分だって、『世紀のワイドショー!ザ・今夜はヒストリー』は

「おちゃらけていて、浅くって内容がない!!」

って、言っているのに・・・。たらーっ(汗)


そうなんですよね。どちらもおちゃらけていて、今一つ内容が浅いのです。。。
子供には丁度いいかもしれませんが、NHKの10時としては、もっと濃い内容にしてほしかったです。


でも、30年も歴史を漁っていると、そんな感じになるのかもしれませんね。失恋
「歴女」って言葉も、私には今更ですしね。。。


やっぱり、私がオタクだから仕方ないのかなあ・・・。失恋


今回は、ヒストリアの内容ではなく、愚痴になってしまってごめんなさいあせあせ(飛び散る汗)
失礼しました。バッド(下向き矢印)


一番カッコいい土方さんはこちら・・・。

燃えよ剣 上 [単行本] / 司馬 遼太郎 (著); 文藝春秋 (刊)燃えよ剣 上 [単行本] / 司馬 遼太郎 (著); 文藝春秋 (刊)燃えよ剣 下 [単行本] / 司馬 遼太郎 (著); 文藝春秋 (刊)燃えよ剣 下 [単行本] / 司馬 遼太郎 (著); 文藝春秋 (刊)
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posted by ちゃーちゃん at 08:11| Comment(0) | 新選組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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