2012年05月29日

城下町へ行こう!「上田の城下町」

今回は、信州・上田の城下町です。

真田幸村と大坂の陣―家康を震撼させた猛将の戦い (歴史群像シリーズ―新・歴史群像シリーズ) [ムック] / 学研 (刊)
真田幸村と大坂の陣―家康を震撼させた猛将の戦い (歴史群像シリーズ―新・歴史群像シリーズ) [...
上田城・・・といえば、真田幸村です。
真田ゆかりの街が、上田の城下町なのです。

真田家を祀る神社にその謎は隠されていました。


長野県上田市
人口16万2530人、面積552㎢、特産は上田紬、そば、みそです。
この町は江戸時代、北国街道の宿場や城下町として発展してきました。

上田城を築城し、城下町の基礎を築いたのは、真田幸村の父・智将・真田昌幸です。


戦国最強と謳われた武田二十四将として、数々の武功を立てた昌幸は、真田再興の地をここに築きました。

真田の紋は「六文銭」。
古くから、三途の川の渡し賃としてあった六文銭を旗印に・・・
後の世に語り継がれる武功を上げるのです。
徳川家康が最も恐れた武将・真田昌幸。。。

戦乱の世を疾風の如く走りぬけた真田一族、その一族が築いた城とは???

真田幸村、大坂夏の陣で家康をあと一歩のところまで追いつめたと言われる幸村。。。
「日本一(ひのもといち)の兵」と呼ばれました。

上田城を築いたのは真田昌幸。
天下統一を目指す家康に真向から立ち向かった智将・昌幸が遺した真田家の縁とは??


お城を作っている石垣、その要の石が「真田石」
直径3メートル。
戦国末期から江戸初期にかけて、石垣に巨石を装飾することが全国的に流行しました。
権力を示すためです。

しかし、この城下町、真田の城下町ではない??

「真田神社」・・・六文銭の入ったこの神社、真田家が作ったわけではなく・・・

上田城の敷地内にひっそりと建つ「真田神社」
真田一族を祀るのではなく・・・

以前は「松平(しょうへい)神社」でした。
上田城の歴代城主は・・・
真田氏2代40年間・仙石氏3代85年間・松平氏7代166年間の統治となります。
この松平氏の影響が強いと言われています。

この神社は、その旧家臣らによって明治12年に建てられたものです。
ところが・・・
「真田一族も祀りたい!!」と、市民運動が起こり、歴代当主三氏を祀る「真田神社」となったのです。

上田の城下町には六文銭が溢れています。
子供たちの野球のユニフォームまで・・・。
でも、どうして真田にこだわるのでしょう???
っていうか、みなさん、仙石氏のことは知らないようです。

博物館には、幸村の父・真田昌幸の掲げた六文銭の旗指物が残っています。
普段は見られないようです・・・。あせあせ(飛び散る汗)

この六文銭、三途の川の渡し賃として、古くから棺に納められてきました。
真田家はこれを家紋とし、戦では旗印としていつ何時でも死を覚悟し・不撓不屈・不惜身命で戦ってきた一族です。

この真田家の証、六文銭を、自身最後の戦い「大坂夏の陣」では使っていなかったと言います。

大坂夏の陣の屏風絵には、赤備えの幸村隊、鹿の兜をかぶった幸村には、六文銭が入っていません。
旗指物にも六文銭はついていません。

家康を最後まで苦しめた幸村、どうして六文銭を封印したのでしょうか?

天下分け目の関ヶ原で、真田一族が存亡の危機にさらされます。
家康の東軍に着くか?
三成の西軍に着くか?

真田父子による家族会議が開かれます。
「犬伏密談」です。
家康の東軍には長男・信之が、三成の西軍には父・昌幸と弟・幸村がつくことになりました。

真田一族は東西に分かれることを決定しました。
結果は、東軍の勝利、真田親子は九度山に流罪となります。

東軍となった長男・信之が真田家・六文銭を受け継いだのです。

そして、大坂の陣に参陣した時には、長男・信之に気を遣って旗印を使わなかったのではないか?と言われています。

六文銭は、死を覚悟して戦うという真田家の魂・・・しかし、それを封印して戦国武将としての誇りを胸に戦ったのが、大坂夏の陣でした。

こんな幸村の生き方が、上田の人々は大好きなのです。


真田魂・・・

城下町にある小学校では・・・真田陣太鼓を練習していました。
甲冑をまとって太鼓をたたくというのが、この陣太鼓だそうです。

かつて太鼓は楽器ではなく、戦の指示・命令を伝達する道具でした。
実際は、背負子で背負って使いました。

この六文銭魂は、いまも子供たちに受け継がれています。


北国街道は、追分から高田を結ぶ35里、約20か所の宿場を要する街道です。
江戸時代は、佐渡の金を江戸に運ぶ道として、五街道に次ぐ重要な街道でした。

この上田の街には、昌幸の戦略が隠されています。
というのも、上田は徳川家康に勝った城下町でした。

関ヶ原より15年前の天正13年、閏8月2日、
上田の地に徳川軍が近づきます。
徳川軍7000に対し、真田軍2000.
多勢に無勢、結果は明らかなように見えました。

が・・・。
昌幸は、この絶体絶命の中・・・
前代未聞の決断をします。
「信州上田を守るため、戦で功を成したものは、侍・百姓・町人の身分に関わらず知行・100石を与える」

身分を越えた戦いで、真田六文銭の旗印の下徳川軍に勝利するのです。
民衆をも味方に付けた戦略です。
昌幸の策略に大打撃を被った徳川軍、上田は民衆と共に真田が守った町でした。

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真田家発祥の地、真田町。

町には縁がたくさん見られます。

上田の合戦には、この真田町から農民が数多く参加したと言われています。
ここに生えている矢竹・・・これが、武器となりました。
矢竹の最大の特徴は、節目に凹凸が少ないため、矢に適しています。
幸村の祖父・幸隆の時代から武器として矢竹を栽培していました。
実際、幸隆の城跡には、現在でも矢竹が群生しています。
これを持って、戦の準備をしたのでした。


信州のおそば・・・。

そばの名産・信州では、5世紀・古墳時代からそばが食されていたようです。
平安時代までは、「そばがき」として食べられていましたが、天正2年には、そば切りを振る舞ったという日本最古の記録が残されています。
信州は、そば切り発祥の地でした。

真田家が気づいた城下町、信州上田城。
そこには、真田家と共に上田の城下町を守ってきたという人々の誇りが受け継がれていました。揺れるハート

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2012年05月28日

第20回 「前夜の決断」

第20回 「前夜の決断」

今回は、本当に面白い!!でした。
たとえ、「こんなに視聴率が悪いのに・・・お前はへん!!」と言われても、とっても面白い回でした。

1156年7月2日、鳥羽法皇が崩御してしまいました。
私の楽しみが、一つ減ってしまったのです。。。

あわただしく人が行きかう鳥羽院御所の門前には西行の姿が。。。
現世とは関係をたったのではなかったの???

失脚の憂き目にあった左大臣・藤原頼長は崇徳上皇に接近。

「私には財がございます。
 上皇様の後ろ盾をもってすれば・・・
 人を集め、賛同を得、いずれ天下の権を奪い返すこともできましょう。」

頼長は自分と組むことでもう一度、権力の座へ・・・崇徳上皇を説得します。
ああ、なんて悪なんでしょう。
先日も「歴史秘話ヒストリア」で取り上げられていましたね。
本当に完璧主義者のようで、この大河ドラマでもたくさんの史実のエピソードが盛り込まれているようです。

その動きを察知した信西は、二人に謀反の疑いをかけ、武士たちに帝をお守りせよと発令します。
ぬかりないですね。。。信西。

久々に、大河ドラマで見る悪役たちです。
最近のドラマでは、悪が流行らないのかなあ。。。
でも、時代劇には、どう転んでも憎たらしい悪役が必要なのです。
新選組における芹沢鴨の様な。黒ハート


後白河天皇と崇徳上皇の雌雄を決する戦が始まろうとしていました。

諸国の武士がどんどん京に集結し、天皇方と上皇方へと分かれていきます。
清盛の館にも平氏一門が集まりましたが、どちらにつくか意見がまとまらりません。

出番ですよ、棟梁の清盛!!

「我ら平氏は、いずれにもつかぬ!」

「これは戦の後のことを考えてのことじゃ!!
 帝方も上皇方も、平氏の武力は喉から手が出るほど欲しいに違いない。
 こうして待たせることにより、戦の後の恩賞を釣り上げるのじゃ!!」

なんだか棟梁らしくなってきました黒ハート

髪もきれいにリンスしたのかまとまってるしね。
これで、「汚い」とは言わせませんよ!!

「ただ勝つだけでは駄目なのだ!!
 父上は、あと一息という所まで登っておきながら、公卿になれなかった。
 公卿になれぬでは政には関われぬ。
 政に関われねば、世の中を変えることはできぬのだ!!」

おや・・・とっても賢い清盛さんです。
そうなんです、お父さんは公卿になるためにたくさんお金を使ったというのに・・・
なれなかったのです。あせあせ(飛び散る汗)

っていうか、松ケンの顔が変わってきたと思うのは気のせいでしょうか?

なかなかカッコよくなってきましたよ。
イケメンの仲間入りになれるかもしれません。るんるん


武士の世を作るため、腹黒くがんばることを決定。

その決定になんだか不満たっぷりの弟の頼盛。
ま、もともと清盛とはあいませんしね。


7月8日・戦の2日前、天皇、上皇それぞれのもとへゆかりの武士たちが諸国からも召し出されていきます。
鎮西にいた機動戦士・源為朝もその一人。

20120529031559[1].jpg

ほんとに、観れば見るほどガンダムみたい。盾も持ってるしね。揺れるハート
とにかく存在感が素晴らしいです。揺れるハート


その圧倒的な存在を鬼若が見つめてます。
で・・・鬼若はどうよ。和歌山出身で頑張ってほしいのですが・・・。
ガンダムと並ぶとちっちゃく感じてしまいます。
まだまだ子供だからいいの?


上皇方の藤原頼長や、天皇方の藤原成親・信頼らは清盛がどちらにつくのか目が離せず、いらだち始めています。

打って変わって、源義朝は、父・為義と決裂、後白河側につくことを決断しました。
親子で戦うことの是非を問う鎌田通清に、為義はしかたないと答え、義朝の乳兄弟である鎌田正清には義朝側につく自由をあたえました。しかし正清は動きません。

そんな中、後白河天皇は清盛を自邸に招き、二人だけの密談を始めます。

清盛の作戦に気づいていた後白河。。。

「どれだけどちらの側につくかを引き延ばして恩賞をつり上げても、行き着く先は同じだ。
 たとえ勝っても、思い通りにはならぬ。
 朝廷の番犬としてこき使われたまま、志半ばで死んでいくのだ。
 忠盛のようにな!!」

サイコロで即座の決断を迫ります。

「勝ってみせます。。。 
 この戦いにも。
 あなたとの勝負にも!!」

後白河
「・・・」にった〜!!

なんと、素晴らしい!!

この二人のやり取りは、本当に面白いです!!
松田翔太、この役どころがよく解っていますね。
闘争心バチバチの二人が、まぶしく感じられます。黒ハート


7月9日・戦の前日、ワイワイガヤガヤの為義陣営。そのにぎやかさを為義は頼もしそうに見つめていました。

一方、平氏一門にも加勢が。。。私の好きな、広瀬武夫・・・もとい、伊藤忠清です。揺れるハート体育会系な感じがよく出ていて、声も腹から出てる!!みたいでカッコいいです。存在感があります。揺れるハート

弟・忠直を連れて参戦してくれるとか。。。なのに、一門の顔は晴れません。
評判の高い為朝が上皇方についたこと、そして清盛はそれとは反対に天皇方につくと決めたからです。

「帝はお見通しであられた。俺や父上の志を。
 どちらにつきどちらが勝とうとも、武士の地位は変わらぬと、釘を刺された。
 されど、俺はそのとき悟ったのだ。
 あの御方は、帝は俺を煽りながら、俺に“登ってこい”と仰せなのだと。
 御自分と互角に渡り合えるところに、登ってきてみよ、と」

え〜!!なんか、憑き物がとれたように、棟梁になっていますよ!!清盛。
後白河法皇の”ツンデレ”がよく解っているのね!!
そうなると、私の目は、S・後白河&M・清盛揺れるハートとなるのですが・・・
ああ、この後白河のSってのは、幼児性・暴力的サディズムのことですよ。揺れるハート
ボーイズラブなら頼長になってしまう・・・。
頼長さんは、そんな気持ち黒ハートも政治に利用したようです。まさに悪左府です。揺れるハート

清盛の決定に、疑問を残しつつも棟梁の言葉に従う一門。。。でも、頼盛は。。。
なんか、予感が・・・。


京の町が殺伐としてきました、義朝は正妻・由良と鬼武者が避難している別宅に、側室の常盤と子どもたちを連れて行きます。よくできた妻・由良はいやな顔ひとつせず常盤を迎えました。


一方、清盛は時子や子どもたちを故・藤原家成の娘、経子の元に預けます。
そこで、後に夫婦となる長男・重盛と経子が出会ってしまいました黒ハート

そのころ頼盛は、腹心の家臣を集め、自分は清盛とたもとを分かち、上皇方につくと相談中。

聞こえるだろう、母に!!

母・池禅尼は頼盛をいさめますが、頼盛は自分は兄・家盛のようになりたくないと反発。

7月10日・戦の当日、後白河天皇は高松殿、崇徳上皇は白河北殿に本陣を置き、まもなく始まる戦に備えています。

清盛とともに出立する重盛・基盛に、時子は母として声をかけるとともに清盛に新たな子が宿ったことを告げます。あくまでもアットホームモード全開です。

一方、義朝も由良と常盤のもとで出立の準備をすすめていました。

常盤は・・・

「殿は、お父上やご兄弟、それに正清とまでも敵味方となって戦うと聞いておりまする。
 それでよいのでござりまするか?
 かけがえのない、貴方様のお身内ではござりませぬか?」

甘いな常盤・・・。
その甘いところが、後々の命乞いにもつながるの?
でも、それなら聞いちゃうのか。。。

それに比べて、良くできた妻です。
由良は、
「殿、今こそお志を遂げるとき。存分にお働きくださいませ。」
と、友切を差し出すのです。

おお!!なんと、かっこいいの?!由良!!
こんなピリリとした妻は久しぶりです。

大河ですよ、大河!!


為義たちは崇徳上皇方の白河北殿で警備を固めています。
そこでまだもめている鎌田通清と息子の正清。
どうしたいの?正清!!
解ってるでしょう?みたいな。

若君の悪口をいう通清に。。。

「殿のことを悪く言う者はこの正清・・・父上といえども許しませぬ!!」

そうよ、解ってるじゃないの??!!

「正清、厄介な殿を見捨てられぬは、わし譲りじゃの・・・」

一人馬屋へと向かう通清。。。
こうして正清は義朝のもとへ向かうのです。。。

これって、通清、息子に言わせるように悪口を言ったんでしょうね。
早く殿の下へ行ってやれって。黒ハート
でないと、「正清、厄介な殿を見捨てられぬは、わし譲りじゃの・・・」って台詞は出てこないでしょう。黒ハート

ああ、なんだかいいシーンです。黒ハート

で、このいいシーンはまだ続きます。黒ハート

主の下へ駆けつけた正清に・・・

義朝「遅いではないか。・・・主に恥をかかすでない!!」

素晴らしい!!
まさに少年漫画の王道のようですが、バカにしてはいけませんよ。
正清が帰ってきたときのこちらもツンデレ王子・義朝の眼が・・・
生き返ったようでした。
本当に良いですよ。
武士が何を信じて戦っていたのか???
分かるような気がします。
日本人の好きな忠義です。黒ハート


六波羅の館で清盛は一門を集め、出陣を命じます。

頼盛は秘めた思いを胸に別行動を起こそうとしていましたが、頼盛の裏切りを見抜いていた叔父・忠正は、頼盛の裏切りを認めようとしません。

「たとえ上皇方が勝ったとしても、一門の棟梁を裏切ったと周囲で噂されよう。
 左様なことになれば、姉上がどれだけ悲しむと思う。
 なにより、亡き兄上に顔向けができぬ・・・」


やがて清盛の軍勢に頼盛軍が合流します。
が、一緒に来るはずの忠正が来ていません。


忠正は、頼盛の代わりに崇徳上皇方についたのでした。
平氏の絆を重んじる清盛は、

「生きるも死ぬも諸共!
 それが平氏の絆じゃ。
 絆を絶って何を守れると言うのじゃ!」


忠正を連れ戻そうとするが家臣に止められます。

そんな清盛に頼盛は忠正の伝言をつたえます。

「お前とわしとの間に絆などはなっからないわ!」と。

忠正おじさん、かっこいいですね!!
この「絆」っていうところは、去年から流行っている「絆」なのかも知れませんが、一蓮托生というところ・・・今後の平家を予感させます。
どうなるのか解っていてどうドラマ化していくのか・・・なかなか難しいとは思います。

「お前とわしとの間に絆などはなっからないわ!」と、強調する処が平氏への愛着とか、清盛への愛すらも感じてしまいます。

本当の忠正おじさんは、鳥羽上皇とは仲が悪く、そうなると兄・忠盛とは仲が悪かったと言います。
で、藤原頼長についていたとか、息子の長盛が崇徳に仕えていたとなると、もともと一枚岩ではなく・・・

「平家を絶やさないように!!」

というきれいごとではないようですが、

そんなことはどうでもいい!!

今回は、とってもカッコよくって、素晴らしいドラマがふんだんにちりばめられていました。黒ハート


清盛は300騎をつれて高松殿に参陣し、それを義朝が迎えました。
清盛と義朝は身内と敵対する痛みをかかえながら「保元の乱」と呼ばれる戦を戦うこととなったのです。


本当に、面白くなってきました。
戦うのが面白いというのも不謹慎ですが、でも、戦国時代も面白いしね。るんるん

清盛は、やはり、保元の乱・平治の乱・平氏の栄華と没落がテーマですから、これからもっと、楽しくなってくれると信じています。揺れるハート

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posted by ちゃーちゃん at 14:58| Comment(0) | 平清盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月24日

桂小五郎〜吉田松陰の遺志を継いだ維新三傑〜

今回のTHEナンバー2は、”逃げの小五郎”です。

木戸孝允 (幕末維新の個性 8) [単行本] / 松尾 正人 (著); 吉川弘文館 (刊)
木戸孝允 (幕末維新の個性 8) [単行本] / 松尾 正人 (著); 吉川弘文館 (刊)
1833年6月26日、山口県萩市に生を受けます。
それは、大久保利通、西郷隆盛と並ぶ、明治維新の三傑の一人、桂小五郎(木戸孝允)です。
要衝の頃からずば抜けて聡明だった小五郎は、幕末には稀な、先見の明を持った人物でした。

西郷、大久保、坂本龍馬・・・明治維新に関わったほとんどの人が下級武士です。

一方、小五郎は、上級武士のエリートで、幕藩体制を守る立場にありました。
しかし、廃藩置県・版籍奉還・五箇条の御誓文・・・

武士の世を終わらせる政策を打ち出します。

この改革こそが、短期間で日本を近代化させる原動力となりました。

小五郎は、松陰に宛てた手紙に書いています。
「人の功を取って
  我が拙を捨て
 人の長を取って
  我が短を補う」    By桂小五郎。。。

吉田松陰の一番弟子と言われる小五郎。
吉田松陰が、長州藩の藩校・明倫館の時に、もう教えています。

久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文・・・松下村塾の塾生とは違うのです。

小五郎は、武士ではなく、医者の和田家に生まれます。
8歳の頃、200石の上級武士の桂家に養子に出されました。

武士になったことで、明倫館に通えるようになった小五郎、この明倫館で、自らのNo,1と出会います。
そこで兵学を教えていたのが吉田松陰でした。

剣の修業にも熱心に行った小五郎、20歳になると、藩で1,2を争うようになり江戸に剣術修行に。。。


江戸で小五郎が出会ったのが、神道無念流。
さらに、剣の腕を上げます。
しかし、最も感銘を受けたのが、神道無念流の思想でした。

「武」という漢字には、「戈(ほこ)」を「止」めるという意味が隠されている。本当に強い力は、相手を倒すのではなく、争いを止めることにある。という考え方をするようになります。
この慎重なところが、逃げの小五郎に繋がっていくのです。

江戸にいたことが、小五郎の運命を変えることになります。

1853年ペリー来航。
鎖国にこだわる日本が、時代遅れになっていることに気づきます。

この時代、日本の限界を感じている人が2人いました。一人は坂本龍馬、そしてもう一人は小五郎の師・吉田松陰。吉田松陰は、藩を代表する学者でしたが、ペリーを見に行き・・・

「どうしても欧米を見たい!!」

と、黒船に密航し失敗、投獄の憂き目にあいます。

一方、小五郎は、神道無念流の無謀を戒める教えを守ります。日本にいながら西洋を学ぼうとしました。

吉田松陰は獄中から、小五郎を登用するように長州藩に手紙を書きます。それがきっかけで、外交の重要ポストに就きました。
剣の道から、政治の道へと方向転換です。


吉田松陰は・・・
「俺は死んでもいいから、誰かがやらねばならぬ」
と、失敗を考えない人でした。そんな人間は臆病になる。。。と。

「かくすれば かくなるものと しりながら
                己むに己まれぬ大和魂」   By吉田松陰

この言葉が、松陰の人となりを良く表現しています。

そんな松陰は、長州に対して、小五郎の冷静で沈着な部分を推薦したのです。

藩の外交官となり、藩主・毛利敬親のNo,2を目指すことになります。

討幕を目論む長州藩の外交官・桂小五郎は、幕府にとってはとっても危険な人物です。

まず、「桂を斬る」と言ったのは、新選組でした。

その発端は、8月18日の政変。
長州では、討幕の機運が高まります。

新選組は、京都を取り締まっていました。長州・・・特に、小五郎をターゲットにしていました。

1864年新選組は池田屋を襲撃、世にいう池田屋事件です。

小五郎は、襲撃に気が付くと、仲間を見捨てて命からがら逃げだしました。
池田屋事件に怒った長州は、軍を率いて京都に上ります。
対立する会津・薩摩・幕府軍と戦うも、返り討ちに遭います。これが、禁門の変です。

この時も、小五郎は藩の中心人物であったにもかかわらず、最後まで姿を見せませんでした。

剣豪は一転、「逃げの小五郎」となったのです。
逃げれば逃げるほど執拗に幕府軍に追われる小五郎。。。
そんな小五郎の逃亡生活を支えたのが、芸者(のちに夫人)の幾松でした。
当時の旅館には、隠し扉などが残っています。

小五郎は、禁門の変は無謀だと思っていました。
もちろん、先頭に立っていた「久坂玄瑞」も。。。反対していた玄瑞は、負けると解っていても参加した組なのです。

この禁門の変は、非常にまずい事態を巻き起こしました。
御所に向かって発砲してしまったので、朝敵となってしまったのです。。。
川の下でのホームレス生活。。。筵にくるまって逃げまくる小五郎の姿がありました。

逃げに逃げる小五郎の、本当の勝負がここから始まりました。


それは、薩長同盟。この同盟が、265年続いた江戸幕府に終止符を打つ原因となりました。

この同盟には不思議な問題があります。。。
朝敵となってしまった長州が、薩摩と対等に近い同盟を結ぶことが出来たということです。。。
そこには、小五郎の交渉術がありました。

立場的には弱かった長州、大変難しいが、粘り強く交渉します。
その交渉が始まったのは、1866年1月。

上に立ちたい西郷からは、同盟を言い出しません。
小五郎から言い出した場合・・・藩の面目丸つぶれ、という苦しい立場にありました。
作戦は「だまる」こと10日以上。

悠然と余裕綽々と構える西郷に対して、針のむしろ状態の小五郎。。。


そこには逃げない小五郎の姿がありました。
長州の未来を懸けた沈黙。。。その間桂が待っていたのは坂本龍馬でした。

坂本龍馬が親交のあったグラバー。武器商人だったグラバー頼りの新型の武器。。。

龍馬が前に現れた時、小五郎は帰り支度を始めます。

「誇りを捨てて薩摩に媚びるくらいなら、長州は滅びても良いのだ!!」

桂の気迫が、龍馬に西郷を説得させ、薩摩から話を持ちかけさせるようにしたのです。

対等な同盟を求める小五郎に西郷は・・・一言。。。

「ごもっともでごわす」

この薩長同盟が、江戸の終焉を迎えさせ、明治維新へと繋がります。

しかし、難しい交渉でした。
禁門の変で長州の武闘派の殆どが薩摩にやられています。
おまけに指揮をとっていたのは西郷でした。
長州には、殺された者たちの親族がたくさんいました。
だから、頭を下げることは出来ないのです。
下手に出るわけにはいきませんでした。
この薩長同盟、小五郎でなければ結ばれることはなかったでしょう。

幕末維新、松下村塾の塾生が活躍します。

そして、維新後、日本の未来を小五郎が切り開きます。

初めの仕事は、五箇条の御誓文の最終添削。
また、武士の特権を削っていきます。

版籍奉還・廃藩置県

殿さまがいなくなりました。

当時は大義は国ではなく、藩の大名に対して尽くすもの。
それを国民が、日本を考えるようにしました。
国民が国のことを考えないと、近代化は出来ません。
選挙も出来ないのです。
これは、仕えていた藩主を含め、全ての大名の地位が無くなるものです。
心理的にかなりの抵抗があったと思われますが、近代化のためには必要でした。

武士だった小五郎・・・。
どうして既得権益を否定することが出来たのでしょうか?

それは、武士とか、身分制ごとかでなく、新しい価値観で世界を見、人間を見ていたからでしょう。

小五郎の思いが掛け軸にあります。

「我が国の前途は容易なものではない
 三千万人の人民をどのようにしてゆけば良いのだろうか。」

1871年岩倉使節団の一員として各国を回ります。
帰国後文部卿に・・・。

身分に関係なく、学校に通えるようにつくします。
それは、師・吉田松陰の夢の続きだったのかもしれません。。。


何故下級武士でもないのに、そんなことが出来たのでしょうか?
長州はもともと平等な国でした。
おまけに小五郎は医者の息子、医者にとって病人は平等です。

奇兵隊は身分に関係なくの隊ですが、関ヶ原までは武士だったという人が多いのです。
関ヶ原で負けた長州の人々は、武士を捨て、農民になった人も多かったので、身分制度もはっきりしていなかったのでしょう。
現在までの総理大臣に山口県の人が多いのも、松下村塾があった影響が強いと言えます。

武士の世を終わらせた桂小五郎。
武士として死んでいったかつての仲間たちへの思いが・・・

京都にある霊山護国神社。ここには、幕末の志士たちが多く葬られています。
その一番高いところに小五郎の墓があります。

それは、自らが望んだものでした。

池田屋事件・禁門の変で亡くなった人と共に・・・。

吉田松陰の考えを実践した小五郎は、仲間たちと共に眠っています。


桂小五郎さん、幕末維新にかけてのインパクトがあんまりないのですよね。。。
それはやっぱり”逃げの小五郎”だからかしら・・・。失恋
本当に、筵にくるまれて逃げているっていうか、ホームレスしているところか・・・
あとは、幾松にかくまってもらっているぐらいしか覚えていないんですよね。。。


まだまだ勉強不足かしら?

日本で初めての身分を越えた結婚をしたのが桂小五郎・・・
本当に最初の新婚旅行は桂小五郎が幾松と城崎温泉に行ったとか・・・。黒ハート

逃げてないじゃん!!小五郎!

新選組に代表される”滅びの美学”良いですよね。。。
でも、きっとそれじゃあ、国家は築くことは出来ないのは確かでしょう。黒ハート

小五郎さんも、頑張って勉強します。黒ハート

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よくわかる! 乙女の龍馬・新選組 [単行本(ソフトカバー)] / 歴女育成委員会 (著); エンターブレイン (刊)
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posted by ちゃーちゃん at 20:11| Comment(3) | THE ナンバー2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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