2012年01月10日

老中に嫌われた江戸の英雄〜長谷川平蔵〜

THEナンバー2です。

深川めしをこよなく愛した、江戸時代に実在した庶民派ヒーロー、長谷川平蔵です。

彼は、言わずと知れた鬼平犯科帳の主人公で、火付盗賊改方頭です。盗賊たちから鬼の平蔵と恐れられ、情に厚く、強烈なリーダーシップを持っていました。

この鬼平は、決して創作ではなく、事実の平蔵です。しかし、大きな苦悩を持っていました。
江戸の治安を守るため、鬼となり、不遇の中、偉業を成し遂げたもう一人の平蔵の物語がありました。
老中に嫌われた江戸の英雄〜長谷川平蔵〜の物語です。

この平蔵、小説・フィクションとシンクロしている部分が多いのです。ちなみに、火付盗賊改めとは?
江戸市中を巡回して、放火、盗賊、ばくち打ちなどの取り締まりに当たる、特別警察のことです。当時は、犯罪が凶悪化していたので、できた部署でした。

地位は・・・あまり高くはなく、町奉行の下に当たります。

では、どうして、時の老中・松平定信に嫌われていたのでしょうか?平蔵は、町の下世話なこと・・・芝居を観たり、町家でそばを食べたり・・・に通じていました。武士のくせに・・・町人のことに詳しかったのです。

ちなみに、小説に上司として出てくるのは、京極備前守(天明8年、若年寄に任じられて寛政の改革期の幕府に参与)、理想の上司として書かれています。松平定信は小説には出てきません。

では、平蔵の若かりし頃は、どうだったのでしょうか?
1746年、赤坂に生まれました。優秀な父を持ち、しかし、本人は、遊び人。相撲、歌舞伎の興業、遊郭・・・。これは、のちの平蔵の大きな財産になります。

28歳で家督を継ぎます。家斉の護衛、ご書院番のお徒頭、とんとん拍子の出世をします。当時は、田沼意次の時代、経済の近代化を進めていました。

しかし、田沼意次は天明の大飢饉で失脚、米の価格高騰、天明の打ちこわし、暴徒は5000人に達しました。江戸の犯罪は急増、凶悪化し、平蔵は火付盗賊改加役に就任します。火付盗賊改に任じたのは、松平定信でしたが、定信は潔癖な自分と正反対の平蔵を毛嫌いしていました。

次第に定信の反感を買うようになります。それは、テレビの通り、内偵を使った捜査・・・定信は、清潔な政治をしたかったのです。まさに対極にありました。しかし、その仕事ぶりはまさに神業、8年間に150件の事件を解決しました。平蔵の人気はうなぎのぼり。本所の平蔵様と呼ばれるようになります。

しかし、老中は定信。平蔵は、出世することなく、火付盗賊改にとどめ置かれます。実績を上げていると町奉行になれる地位にあったのに。。。

たとえば、定信の嫌いなところは・・・。

妖盗葵小僧。
徳川家の家紋である葵の御紋をつけた提灯を揚げて強盗を行い、婦女を必ず暴行するという凶悪な手口で江戸中を荒らしまわりました。ようやく捕まえた平蔵は、裁判にかけることなく死刑にします。それは、法律的にはいけないことです。でも、被害者がかわいそう・・・。暴行されたのが武士の婦女ならば、自害する可能性もあったのです。そのようなことを考えての「裁判にかけないでの死刑」でしたが、そのさじ加減が、頭の固い松平定信には理解できなかったのです。

松平の天下の間は、平蔵の活躍にも関わらず、冷遇され続けていました。おまけに江戸の犯罪は増え続けていました。いくら人を逮捕しても、土壌、治安をよくしなければ・・・。

時代は天明の大飢饉・・・。無宿人が多く江戸に流入して来ていました。当時江戸では、身元引受人がないと仕事はできませんでした。つまり、職にあぶれた彼らは犯罪に走る傾向にあったのです。この悪循環をいかに断ち切るか?幕府も困っていました。

つまり、
@人口の増加
A飢饉
B田沼から松平に時代が変わり、質素倹約が旨とされました。田沼時代に雇用を吸収していた商工業をつぶしたために失業者が増えた。
からなのです。

平蔵は定信に無宿人の為の人足寄場(職業訓練所)の建設を建言します。
心動かされた定信は、石川島に人足寄場を作ることを決め、平蔵は責任者となります。

そこで、無宿人たちにさまざまな技術を身に着けさせます。社会復帰プログラムを作ったのは、世界初といっていいでしょう。毎年、200人のペースで社会復帰します。そうすると、犯罪件数も減ってきました。

定信は、「これ全て、長谷川なにがしの業績」と称えるも、名前だけは言いたくない人?それは、自分の哲学、朱子学に反することでした。

この人足寄場は、
1790年、平蔵の献策により設置し、無宿人や前科者を江戸石川島に収容して生業を授けたというものです。懲役と教育・・・それは、世界初でした。
心学は石田梅岩が唱えた平易な実践道徳を教え、善を修め、心を正しくすることを唱導しました。これを、人足寄場で中沢道二が指導しました。

平蔵は、10人のうち5人ぐらいは改心してくれれば・・・。そんな気持ちだったそうです。そうして運営を後身に譲り、再び火付盗賊改に。

町奉行への昇進は見送られてしまいました。それは、平蔵が寄場が公費では賄い切れなかったので、銭相場に手を出していたからでした。それは、資金を増やすためでしたが、定信には認められませんでした。利ざやを稼ぐなどとは、最も卑しい行為で、おまけに武士がすることは二重にけしからん!!というのです。

しかし、1793年松平定信が老中の座を解任されます。そうして、平蔵に対する再評価がなされます。
家斉が平蔵のことを評価していたのです。

1795年、家斉から時服を授けられます。これから!!という時に。。。持病が・・・。

1796年病により平蔵は死去。彼にとっては、将軍から働きを認められていたということ、そのことが、せめてもの慰みだったことでしょう。

そんな平蔵は、池波正太郎により、息を吹き返します。
そうして、今もなお、スーパーヒーローとして愛されています。

本当に、吉右衛門さんの顔が浮かんできます・・・。

かっこいいですね、あのままなんだ、平蔵様。

鬼平犯科帳 第1シリーズ DVD-BOX / 中村吉右衛門 (出演); 池波正太郎 (原著)
鬼平犯科帳 第1シリーズ DVD-BOX / 中村吉右衛門 (出演); 池波正太郎 (原著)


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posted by ちゃーちゃん at 17:12| Comment(0) | THE ナンバー2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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