2011年10月22日

時代を超えた男の魅力

三国志〜時代を超えた男の魅力〜
BS歴史館です。

三国志、あんまりわかんないです。子供の頃に、本宮ひろしさんが漫画を描いていたような・・・。さすがに少女だった私は、絵的に駄目でしたが。。。(≧ヘ≦)

世界を敵に回す覚悟はあるのか?〜覇王・曹操、自分を貫く強さ〜です。

私の中では覇王は、ラオウなのですが。( ̄∇+ ̄)

1800年の時を超え、私達の心を揺さぶる英雄達のお話です。

が、この曹操、圧倒的な悪です。
三国志演義の中では、力こそ正義の覇王!!残虐で冷酷、非道な男です。
しかし、近年中国で脚光を浴びています。真実の曹操とは?

2009年曹操の墓が発見、それを見ると、悪人ではなく、古いものを壊して新しいものを築く、偉大な改革者だったと言うのです。なんだか、織田信長のようですが。
伝統VS改革、恐ろしく合理的な男は、不屈の改革者でした。

1800年前の中国大陸は、後漢の時代、群雄割拠の時代になってきていました。そこで出てくるのが、魏(曹操)、呉(孫権)、蜀(劉備)です。
三国志の始まりです。

その1000年後に書かれた三国志演義は、この時代を物語化、ドラマティックに脚色したものです。この三国志演義で、最強の悪の覇王として君臨しているのが曹操です。魏の礎を築いた男で、100万の兵を率いる絶対的権力者、この男と戦うことになるのが、蜀を築いた正義の男、劉備玄徳です。天才軍師諸葛亮孔明をはじめ、関羽、張飛、日本でも人気の高い軍人が、戦っても、戦っても勝てません。

強くて冷酷な悪役です。歴史書には、「我人に背くとも 天下の人我に背かせじ」と、記されています。
しかしこの時代、政治的、社会的に見ると中国の大きな変革期で、よく見ると面白いのです。

諸葛亮がいなくても世界は変わらないが、曹操がいないと中国史は大きく変わると言わしめた大きな人物、天才でした。

1800年前、古代中国、
正史「三国志」には曹操を「超世の傑(時代を超えた英雄)」と、褒め称えた文章が残っています。では、実際の曹操とは?

西暦155年、エリート一家に生まれます。自分も高級官僚の道へ・・・。
性格は、「機知があり、権謀に富み 勝手放題、品行を整えず 世間に評価する者なし」と、正史三国志の書かれています。
つまり、規格外の異端児だったのです。

当時は後漢、洛陽では役人の腐敗がはびこり、賄賂が横行していました。「縁故主義」で、人の顔色を窺う役人達・・・。農民は反乱。曹操は、漢王朝を立て直そうと考えていました。

最も気に食わないのが、「董卓」という男、幼い皇帝を意のままに操り、宮廷を、王朝を私物化する宰相でした。

この董卓打倒計画を立てます。董卓打倒のため、家財を売って義勇兵を集めました。しかし、間に合わせの軍では勝てずにあっさり敗北。力の差をまざまざと見せ付けられるのでした。

この反省から、優秀な人材を集めるようになります。徹底した能力主義、コネの無い優秀な軍師が集まります。そうして、群雄割拠の一翼を担うことになるのです。

つまり、はじめのきっかけは、世直し、自分がやらなければ漢は滅びる・・・。という漢王朝の建て直しだったのです。漢王朝の忠臣でした。

400年に及ぶ漢王朝の衰退の原因は、賄賂政治でした。曹操の家も、祖父の賄賂により曹操の父が大尉(総理大臣)に就任しています。

つまり、賄賂はお金がいる
       ↓
    農民への支配が強くなる
       ↓
    農民は豪族の下へ逃げていく
       ↓
    また税金が重くなる

の繰り返しで、漢の全盛期5000万人いたと言われていますが、三国時代は1200万人に減っていました。つまり、残りの3800万人は国家の支配から外れていたのです。=税収入は激減しました。


当時はヨーロッパでもローマ帝国が衰退、古代社会秩序が乱れ始めていました。

地方で勢力を持ってきた曹操、経済改革を始めます。
まずは屯田政策・・・余った土地を農民に与えました。この頃、農民達も戦続きで無一文、国が牛や農具を貸出し、灌漑設備を整え、農民を援助するシステムを作りました。

曹操は、凄く合理的に統一しようとしました。この屯田制→隋・唐の均田制→日本の班田収受の法で、曹操は税を銅銭でとっていたのを「租・調」に変え、これが隋の「租・庸・調」となるのです。

このことで、農民が定住→税が徴収できる→軍備増強→富国強兵へと繋がります。

また、当時の漢王朝の若き皇帝・献帝は放浪していました。この皇帝を保護し、皇帝の権威の下、196年漢王朝の正規軍になります。皇帝を守るのは自分の役目だと皇帝の心をつかみ、自分の地位を高め、41歳で政治・軍事を取り仕切る最高実力者となるのです。

これで「曹操に背くものは皇帝に背くもの」という大義名分が出来ました。

208年、三国志最大の決戦赤壁の戦いがありました。
曹操VS孫権・劉備の戦いです。このとき曹操は53歳、中国統一を目前にしていました。負けることの無い80万の曹操軍が、奇襲作戦により船ごと炎に包まれ歴史的大敗を帰すことになります。

しかしこの原因、歴史書には「疫病が大流行し、官吏士卒の多数が死んだ」とされています。この敗北が原因で、中国は三分割されるのです。

それからの曹操は、強い漢王朝の再興へ改革のスピードを上げていきます。
自分の寿命と照らし合わせ、
@漢に代わって自分の国を作りたい
A国家のシステムを変えたい。。。と、これらを優先するようになります。
つまり、赤壁の戦いの挫折によってさらに強く志を持つようになるのです。

その志とは?曹操の子供の頃の夢は・・・。
@漢の征西将軍になること。
A漢の建て直し            だったのです。

国家を根本から変える改革をします。
215年自ら魏公の位に就きます。この魏公は、皇帝に直結する身分で、漢皇帝の身分を脅かす存在になったのです。魏公になれば、魏王→天子→皇帝の道が開かれます。

この魏公になった真の目的は、漢の改革でした。当時の政治には儒教の思想が取り入れられており、皇帝=天子だけが、王権を受け継ぐことが出来る特別な存在でした。その皇帝と同じ権力を自分自身に集中させたのです。漢王朝の実質的な支配者になろうとしていました。

では、曹操の魏公に市民は反発しなかったのでしょうか?自分達は曹操のおかげで平和な暮らしが出来ている。。。実力のある曹操が権力を握っていることにみんな賛成していました。

しかし・・・。
220年皇帝を目前にして65歳で逝去。
息子「そうひ」が、皇帝の座に着き魏を建国します。これによって漢王朝は滅亡したのです。

何故曹操は皇帝にはならなかったのでしょうか?なれなかったのでしょうか?漢の臣として全うしたい・・・。「ならなかった」が、正しいのかも知れません。が、息子には強要しませんでした。

2009年12月28日、中国河南省で歴史的な世紀の発見がありました。古代中国史最大の謎だった曹操の墓が発見されました。
たて42m、幅10mのこの墓の発見で、従来の曹操像が覆されたのです。

その墓は、典型的な漢王朝の墓で、60歳前後の男性の骨が発見されました。シンプルで、金銀財宝、装飾などは全くありませんでした。

正史「三国志」には、「遺体は平服に包み、金銀財宝を納めず、土盛りも植樹も不要」と書かれています。その通り、金銀財宝でなく、あったのは机・墨・琴などでした。

こうした埋葬品から考えても、曹操は単に権力を追い求めたのではなく、多彩で芸術を愛する男でもありました。そこには徹底的な合理主義者の姿がありました。

では、何故悪になったのでしょうか?
それは、漢民族と北方民族の王朝交代史にありました。

900年後、12世紀宗の時代、宗の人々は北方民族に怯えていました。
北に北方民族の国、金王朝が誕生します。この金王朝、かつて曹操が支配していた魏の国と重なっていたので、曹操に対して敬意を表しました。

領土を奪われた南宗の漢民族はそれが許せませんでした。ここで、曹操の認識に変化が現れます。南宗は、劉備に敬意を表したのです。

ここに、「正義の劉備」と、「悪の曹操」が誕生しました。

南宗は、儒教の中の朱子学を推しました。この後、元・明・清の科挙の教科書には朱子学が使われていました。だから、曹操が悪であることが続いてしまったのです。

14世紀、明の時代、羅貫中が、三国志演義を発表し大ヒット。曹操は極悪非道な悪の権化として描かれます。

20世紀の革命家毛沢東は曹操を偉大な改革者として称えます。「誰もが曹操を悪く言う。本も劇も大衆も。これは古い封建社会が生んだ冤罪だ」と。

2006年になって、曹操の巨大な像が作られます。今、中国では曹操が見直されているのです。時代が変わるとき、評価の変わる曹操。


曹操は凶暴な悪人ではなく、新しい時代のシステムを作った人でした。偉大な改革者だったのです。

前に、曹操の墓が見つかったと言う番組も見ましたが、その時も、悪人ではなかったといっていたように思います。

やはり歴史とは勝者の歴史、それは間違いないのでしょうね。日本にもそんな人がたくさんいるでしょう。ま、明治時代でさえその人と成りがわからない人がたくさんいるのだから、2000年も前になるとそりゃあわからないでしょう。だから、どんな人だったのかなあ・・・。と、小説やドラマ、漫画で空想にふけるのも楽しいですよね。

ただ、いつも思うのは、日本がまだ原始のような頃に、こんなすごい政策や政治をしようとしていたなんて、本当にすごいですね。今もなお中国が中心と言う驕りのような中華思想がなるほど、と、当たり前にも思えてきます。(* ̄∇ ̄*)

↓ランキングに参加しています。るんるん
↓応援してくれると嬉しいです。揺れるハート

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村


posted by ちゃーちゃん at 18:40| Comment(0) | BS歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。