2011年09月08日

池上彰の現代史講義

池上彰の現代史講義
BSジャパンで9月4日から始まりました。
池上彰の現代史講義〜歴史を知ればニュースがわかる〜

池上彰さんに飢えていたので、楽しみにしていました。

これは、池上さんの故郷、信州大学経済学部で毎年夏に行っている講義を放送してくれたものです。

全部で14回やってくれます。(* ̄∇ ̄*)

ニュースを理解するためには、現代史は必要なのに、学校では第二次世界大戦まではやってもそれ以降はやらないから、ニュースを理解することが出来ない。ということで、現代史を読み解くことで、ニュースを読もう。ということだそうです。

第一回は、「チェルノブイリからフクシマへ」でした。

チェルノブイリで事故が起こった当時、ウクライナではなく、ソビエト連邦という特殊な経済社会の中での事故でした。

ソ連は、秘密主義的な国家なので、はじめに放射性物質を探知し、報告したのはスウェーデンでした。

どうも、この放射性物質は、風上から飛んできたものらしい・・・。ということで、もしやソ連の原子力発電所で事故があったのでは?という話になったのです。

これによって、しぶしぶ認めたソ連でしたが、どの地域でどのくらいの避難があったのか、などは、報道されませんでした。

この頃、ゴルバチョフ大統領が秘密主義から情報公開をしだしたばかりのことだったにもかかわらず、中央への報告もなく、ソ連という国家は痛んでいる・・・。と、感じた大統領は、国家再建の為国家の問題をOPENにしようとします。その結果、国民は愕然とし、ソ連崩壊へとつながるのです。

つまり、このチェルノブイリの事故が、ソ連崩壊のきっかけとなるのです。

そして、直接の死者は31人、と報告されていますが、本当のところはわかりません。

この放射性物質は、ヨーロッパに飛散し、当時、イタリアでは小麦が被害を受けることになりました。

結局、チェルノブイリから50km圏内は避難となり、60万人が顕著な被曝をすることになるのです。

ソ連では、政府に対する反対運動は存在しないので、安全対策そのものが存在しなかったといえるのです。

が、今回、日本でこのような事故が起こり、日本には報道の自由があるのに何故後手後手にまわってしまったのか?

日本には、言霊信仰があります。本当に、根付いてますね・・・。(TmT)
この事故も、安全神話で成り立っていたということが白日の下に晒されてしまったのです。これがアメリカなら、ありとあらゆる危険性を考えて対応しているでしょう。

これで解ることは、政府の対応は、政治体制には関係ないということです。チェルノブイリでは20年経った今、コンクリートの石棺がボロボロになり、この石棺をコンクリートで覆う計画がもちあがっています。

フクシマでも、あと30年はかかるだろうとされています。

ニュースを見るとき、その情報を持っている側がすべてを教えてくれているのか、聞くほうは解りません。例えば政府に都合のいいことばかりのみ、教えてくれているのかも・・・。そんな、情報の非対称性を自覚した上で見ることが大切なんだそうです。難しいですが・・・。(TωT)

久しぶりの階段教室、生徒のいる教室、講義、何もかも新鮮でした。テレビと違って、編集がないから脱線することもたくさんありましたが、教室の感覚を楽しみながら、拝見しました。

来週も楽しみです。♪ヾ(≧▽≦)ノ彡☆


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posted by ちゃーちゃん at 10:57| Comment(0) | 池上彰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月05日

ブロークンアロー

ブロークンアロー
ブロークンアローといえば、クリスチャン・スレーターと、ジョン・トラボルタの映画を思い出します。核弾頭を強奪しようとして・・・。という、ジョンが悪役の映画です。

が、今回は久々です。BS歴史館。「暗号名ブロークンアロー〜かくされた核兵器事故〜」です。

ビックリしました。そもそも、ブロークンアローとは、核兵器の紛失や落下事故など、核にまつわる不測の事態発生を意味するアメリカ軍内部のの暗号名のことなのです。( ̄□ ̄;)!!

このリストには米ソ冷戦時代に32件あるそうで、いまだに回収されたかどうかわからないのだそうです。・・・ビックリしました。

どうしてこうなったのかというと、1957年、ソ連がスプートニクの打ち上げに成功したため、アメリカは核ミサイルの恐怖に晒されます。これに対抗するため、1958年からアメリカはクロームド作戦を開始。これは、核爆弾を積んだB52爆撃機を24時間常時ソビエトの国境近くを飛ばせる。という作戦です。

そんな中、1966年1月17日、スペイン・パロマレスに核爆弾が落下するのです。この核爆弾を、アメリカは、人海戦術をもって、竹ざおで突いて探したというのです。Σ(|||▽||| )

81日後に見つかりますが、費用はアメリカ軍史上最も高価で大規模な捜索といわれ、総額1500万$だったそうです。

そうして、汚染された土壌は、ドラム缶に詰められ、アメリカ本国へ持ち帰ったのです。でも、これでいいの?解決したの?

パロマレス産のトマトは汚染されていると、風評被害が出、安全宣言をするために、スペイン情報観光省長官とアメリカ大使が核の海を海パン一丁で泳いでアピールします。

あー、なんか支持率も低下しているというのに総理大臣をやっていた、その昔貝割れ大根を食べて安全宣言した人を、思い出します。(≧ヘ≦)

多くの援助をしてもらっているアメリカを裏切れない、認めてしまうとトマトなど農作物が売れなくなるという現実、真実を知りたい人と知りたくない人。

事故当時、スペインはこの事故によって色々なことを暴かれるのを避けたいという政治的判断があったといわれています。それは、自国でも原子力発電所や核兵器を作りたいという野心、これによって安全かどうかという判断は重要でなくなっていたのです。

今、パロマレスでは、新しい問題が浮上してきています。4年前の2007年、急に立入禁止区域が出来たのです。スペイン当局の報国では、「普通の生活に問題はないとされていましたが、土地開発により、動かされ、下に隠れていた土壌から放射能汚染地帯が出てきた」のだそうです。

この事故から2年後、またもやブロークンアローが起こります。

北極圏アメリカ軍基地で。そこは、デンマーク領グリーンランド、チューレでした。冷戦時代、極北に作られた基地は重要な前線基地でした。

1968年1月21日、B52が機内火災で墜落。機体は厚さ3mある氷を溶かして海に沈みます。核爆弾は大量の放射能を蒔き散らしてバラバラに落下します。が、この事実はデンマーク国民には伏せられていました。

というのも、デンマーク政府は非核化政策をとっており、持込を禁止していたからです。でも、後に、ハンセン文書というものが見つかります。これは、デンマークがアメリカに対し、すべての物質を持ち込むことを許可するというものでした。あー、これもどこかで聞いたことあるよね・・・。

この核爆弾は、イヌイットと基地で働くデンマーク職員たちの手で、8ヶ月もかけて終わらせるのです。が、2008年BBCの報道番組で、この事故について「厚い氷を貫通し、核爆弾の重要な部品が海に沈んでいる模様である。チューレには未回収の核爆弾がある」という報告がなされるのです。

このドキュメンタリーでは、海に落ちたのはプルトニウムを大量に積んだセカンダリーで、そのパーツの回収は出来なかった。としています。

これに対してデンマーク政府の見解は「爆弾はない。昔もなかった。米軍が探していたのは爆弾ではなかった」とされています。

また、日本でもブロークンアローが・・・。
1965年、空母タイコンデロガが起こした水爆搭載機水没事故です。沖縄本島から東へ320キロの海上で、水爆を積んだ戦闘機が海に落下したとされています。
日本には核を持ち込めないはずなのに・・・。これは、そのままにされているといいます。

アメリカは、ブロークンアローについて、国家機密だからか「どこで事故が起こったかは特定できない。パロマレスとチューレは例外である。」としています。そして、オバマ大統領はアメリカ大統領として、初めてプラハで「核廃絶」を訴えましたが、アメリカ人たちは、それはかなわぬ夢、脅威と恐怖の利便性は、一度手に入れてしまうと手放す勇気はないだろうと思っているようです。

ああ、どこの政府も隠し事がいっぱいです。

おまけに、暗号名を映画に使うって、アメリカどうよ!!苦しんでいる人達がたくさんいるというのに・・・(≧ヘ≦)。そこらへんはアメリカ?



本当に、核の恐怖に晒されていたことに背筋が寒くなりましたが、旦那曰く「知らされていないほうが、のんきに生きられるんじゃないの?」(〃゚д゚;A「そうかも・・・」

核の恐怖とはちょっと違うかもしれませんが、東北で起こった地震、原発事故、本当に大切なのはなんなのか、野田さんがんばってください。
私たちも、綺麗な地球を大事にしないといけませんね。まずはエコから?



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posted by ちゃーちゃん at 12:35| Comment(0) | BS歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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