2011年07月29日

落日燃ゆ

落日燃ゆ
夏休みに入って、自分のブログの更新さえもままならないという、4年になっても手のかかる、というか、ニこイチの母娘。

さすがに、ビデオを見ないとデータの残量が毎日毎日減っていくばかり・・・。でも、私にビデオの見る時間はありません。なんで?

という中で、「落日燃ゆ」見ました。

何年か前にやったのをBSで再放送していました。

内容は、東京裁判です。

暑い8月、夏休みになると、お決まりのように第二次世界大戦の映画やドラマがたくさんありますよね。

今回は、文官でありながらA級戦犯として処刑され、護国神社に祀られているという、広田弘毅の物語を見ました。

このドラマでは、ドラマらしく、広田弘毅夫妻のいわゆる夫婦愛を書いていますが、このドラマに出てくる政治家の人びとは、戦争反対の人が多かったように思います。軍部が突っ走ったとはいえ、本当に政治家が反対していたら、戦争突入は防げたのでは?なんて、思ってしまいます。

っていうか、突っ走った政治家・近衛文麿が余りにも書かれなさすぎなのかも知れません。

文官でありながら、何もかも背負って、A級戦犯として処刑された。ドラマとしては、凄くカッコいいですが、当時は赤紙一枚で召集され、散っていった若い命がたくさんあったことを思うと、戦争を止められなかった責任があって、本人もそう思ったからこそ、潔い、申し開きをすることなく処刑されたんだろうな・・・。と、思いました。

戦争のない、穏やかな世界が訪れますように



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posted by ちゃーちゃん at 12:00| Comment(0) | 歴史ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

大河ドラマでやっていた直江兼続

大河ドラマでやっていた直江兼続。。。
今回のザ・ナンバー2は、直江兼続です。

兼続といえば、天地人・妻夫木聡さんを思い出しますね。誠実そうな感じで良かったですよね。

で、本当の直江兼続とは?

上杉謙信の二代目・上杉景勝に仕え、景勝からは全幅の信頼を寄せられていた人物です。

兼続は、「利を見て義を聞かざる世の中に、利を捨て義をとる人」と称えられています。これは、謙信の義を受け継いでおり、兜の「愛」は、今でいうところの愛ではなく、「仁愛」「愛民」を意味しています。そしてこの、仁愛は、弱い人を助ける、庇う=武士の情けのことです。

生涯を捧げることとなる主君・景勝とは、新潟県の「雲洞庵」で出会います。この時兼続5歳・景勝10歳でした。そうです、「こんなとこ、来とうはなかった」の時です。

ここで二人は、兄弟のような絆で結ばれることとなります。

天正6年、謙信死後の国主に地位をめぐる、景虎(北条氏からの養子)と、景勝(謙信の甥だからの養子)による越後の内乱で、兼続は宿敵・武田家を味方に付けることにより勝利します。

また、兼続は、それまで樋口与六という下級武士でしたが、非凡なる才能のある与六を家老にするため=家柄を与えるため、直江家に婿入りするのです。これは、景勝の優れた手腕によるものです。

そうして、国主の地位を確実なものとした兼続には、親友がいました。その名も石田三成。三成は、幼少の頃、寺に仕え身分が低かったのを秀吉に見込まれ・・・。と、兼続と育った環境が似ていたためであったといわれます。
お友達のいない、官僚タイプの三成にしては以外です。

二人の考えは、国を建設するということで意気投合し、秀吉の天下統一を助けることとなります。

秀吉は、「天下執柄の器量人」と称え、豊臣を名乗らせ、我が家臣に・・・。と誘います。が、兼続はこれを断ります。そのことが、また、秀吉の信頼を篤くさせます。そして、上杉家を越後から会津へと国替えをさせ、90万石から当時最大の120万石へとなるのです。


この時兼続も6万石を与えられ、米沢城の城主となります。この上杉を東北に配したのは、秀吉亡き後の対策と思われます。

つまり、会津は東北・関東を支配する上で最重要で、奥州の要です。南に徳川、北に伊達、この二人をけん制する意味でもあったのです。

つまり、家康VS三成・兼続という構図です。勢力を増す家康、そんな中、景勝にも謀反の疑いがかけられます。

これに対して兼続は、

武具を集めているといわれるが、これは上方の武士が茶碗など茶道具を集めるようなもの。田舎武士が槍や鉄砲を集めるのは古来よりの風習でございます。
謀反の噂を信じ込んですぐに京に上れと命ずるのは、乳飲み子の扱いにも等しきこと。
のこのこと出かける今時の流行は上杉の家風ではございません。景勝が間違っているか、家康様に表裏があるのかは、世の評判が決めましょう。


と、世に言う直江状をたたきつけるのです。

そして、関が原が始まるのです。

三成が挙兵するものの、わずか1日で敗れ、三成は斬首、この時上杉家最大の危機が訪れます。

兼続は上杉を守るため、徳川家側近で、交流を深めていた本田正信と交渉します。この、本田正信は、戦わずして勝つといわれた名将だったので、彼を選んだのかも知れません。

上杉家は、120万石から30万石に減封され、米沢藩主となります。この時、兼続は、リストラをしませんでした。

やったのは、@新田開発A金山・銀山の開発B殖産興業です。

彼の書いた「四季農戒書」(農業指南書)には、

田植えの季節には女たちはおしろいを塗って美しく化粧をしろ。時には着物の裾を持ち上げて、赤い腰巻を見せろ。そうすれば亭主だけではなく、よその男も盗み見て、いっそうやる気を起こすだろう。

と書かれています。

今聞くと、セクハラ?って感じもしないではないけれど、これが、「民を愛せよ」の実践なのです。

他にも、ウコギ料理といって、垣根を食用や薬用にしたり、救荒作物を率先して作りました。

このおかげで、30万石が、51万石へ大きく石高アップとなり、それが税金となり、赤字財政から黒字財政への転換となるのです。

そして、この政策は、150年後、上杉鷹山に引き継がれることとなるのです。鷹山は、「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」でも有名ですね。

ちなみにこの倹約政策で有名な上杉鷹山。かのJFKが、尊敬できる政治家として挙げています。知っているということが、すでにビックリですね。

この、義に篤いという部分が、東北に根付き・・・。幕末へと向かっていくのかなあと、思います。

私も倹約しなければ・・・。


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posted by ちゃーちゃん at 15:13| Comment(0) | THE ナンバー2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月13日

歴史の中の日本

歴史の中の日本
昨日のブログでBS歴史館の坂本龍馬を書いたので、思い出し読みをしました。


歴史の中の日本 (中公文庫) [文庫] / 司馬 遼太郎 (著); 中央公論社 (刊)
司馬遼太郎さんの「歴史の中の日本」です。

私は司馬遼太郎さんが好きなのですが、若い頃に読みましたが、ほとんど忘れてしまいました。池波正太郎さんや子母澤寛さんに比べると、読みやすいのが魅力的でした。

この本には司馬遼太郎さんの書いた本についてだったり、色々な人物について、またものの見方なんかを書かれています。

その中に、「坂本龍馬」について書いてあったので、少し紹介したいと思います。

まず、司馬さんによると、歴史に影響を与えた人物の評価が、同時代からさまざまに変化して、その人物が生きた時代の余熱が冷えるころ、つまり一人の人物の評価が確定するには、百年はかかるというのです。

龍馬の場合、明治国家における彼の歴史的位置はほとんどなきに等しく、教科書でも、明治の元勲は、木戸孝允・西郷隆盛・大久保利通の三人で、その後は、明治政府を作った伊藤博文・山県有朋となります。

龍馬という人物は、明治40年頃まで、タブーだったようです。それは、明治国家が薩長のものだったということと、民族主義者であったものの、共和思想の匂いの濃い人物だったからだと思われます。

思想的には、アメリカのように大統領を持つ国家を考えており、当時としては乱臣賊子です。ただ、見事なバランス感覚で、その考えを表に出すことはないのです。

龍馬の面白さは、倒幕ということが、龍馬にとっては、言わば片手間の仕事で、最終目標ではなかったのです。そして、彼の狙っていたものは、世界貿易だったのです。

そして、第二次世界大戦の敗戦により、明治政府の国家が崩壊し、坂本龍馬の自由奔放さが見直されてきたのかも知れません。

坂本龍馬という人は、時代をかなり早く生まれてきてしまったのでしょうね。私は幕末は好きですが、やはり、坂本龍馬という人は飄々としていてよく解りません。実を言うと、佐幕派のファンです。新選組みとか白虎隊とか

去年の大河ドラマも、半分ぐらいは見たのですが、後になってくると龍馬の型にはまらない行動がわからなくなって、いつの間にか見なくなっていました。世間ではあんなにもてはやされていたのに・・・。

きっと、凡人にはわからない、やはりヒーローなのでしょう。


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posted by ちゃーちゃん at 14:31| Comment(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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