2013年02月28日

お引越しします。

今までSeesaaさんにお世話になっていましたが、
いろいろあってお引越しします。

新しいブログはこちら。

日々徒然〜歴史とニュース?社会科な時間〜

今まで本当にお世話になりました。

こちらのブログも、しばらくは置いておくつもりですが、
新しいブログにも、遊びに来てください。黒ハート
posted by ちゃーちゃん at 17:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

進化するロボット。

ロボット産業の市場予想は・・・
2010年1.2兆円でしたが、2035年には9.7兆円に??
と、見られています。

デンマーク・オーデンセでは・・・
高福祉国家で一番幸せな街ですが、もう一つの顔は・・・?

リハビリセンターでは、高齢者たちが運動をしていますが、インストラクターはロボットです。
医療現場・軍でもロボットが働いてくれています。

ロボット推進の背景には非常に高い人件費があります。
コペンハーゲンの時給は1800円もするそうです。
また、高齢化で労働力も不足しているのです。

日本のロボットも活躍しています。
ロボットでアニマルセラピーをさせているのです。
2007年にデンマークで実証実験が行われ、高い効果が出ています。
デンマークでは70%の地域で導入され、認知症患者を介護するための一般的なツールになりつつあります。

ロボットの3Dとは???
Dangerous・Dirty・Dullです。
危険なところ、汚いところ、単純作業のことです。

日本は、ヒューマノイドに関しては、間違いなく世界一。
日本がヒューマノイド世界一の理由は???
@漫画やアニメ・・・アトムやガンダムなどの影響
A先端技術の固まりということです。

進化するASIMO・・・
2000年に誕生しました。
あれから12年、時速9キロで走り、紙コップに飲み物を注ぎ・・・
聖徳太子のように人の言うことを聞き分けます。

ASIMOから生まれた技術に、次世代電動一輪車“UNI-CAB”があります。


株式会社テムザック。世界中から注目されています。
その最先端ロボットは・・・リアルすぎる世界初の歯科の患者ロボットです。
このリアルなロボットを作った理由は・・・
歯科医は、歯科医師免許を取得するまで人間の歯を削れないからです。
だから、5年目までの医療事故が多いのだそうです。

そのロボットは今、アラブ首長国連邦のドバイへ!!
世界に向けて売り出します。1体数千万円・・・。
中東には歯科医が少なく、これから歯科医を育成するために必要なようですが。。。
ロボットが人間を育てる世の中になってきたようです。
10年後には、全ての家電がロボットになるかもしれません。

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posted by ちゃーちゃん at 14:19| Comment(0) | 未来世紀ジパング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

「徳川慶喜」さんです。

とっても有名な方です。
徳川300年に終止符を打って、朝廷に大政奉還をした人でするんるん

って、みんな知ってるんですが、なかなかそれって坂本龍馬や西郷隆盛、新選組なんかの資料にちょっとずつ出てくるって感じで、本人のことはあまり知らないんじゃないかなあ・・・って、私自身は思っています。

「八重の桜」では、小泉孝太郎さんが演じてくれます。

keiki2.png

権力者となった・・・って、お父さんも元総理大臣だし、弟は第44代青年局長です。
血筋から行ったらサラブレッドですね。黒ハート
今まで演じて来られたどのドラマの慶喜さんよりも、ダーク慶喜さんで気に入っています。
賢い人だったんですよね。黒ハート

で・・・慶喜さん、水戸烈公こと徳川斉昭の七男です。
1866(慶応2)年、14代将軍・家茂の急死で徳川家最後の将軍の座につきました。

keiki.png

「東照神君は、天下のために幕府を開かれたのであるが、余は天下のために幕府を葬ろうと思う・・・」と言って将軍になった慶喜。

14代将軍になれなかった慶喜。。。
権力がままならない15代目の将軍になってしまった頭の切れる慶喜。。。

そんな慶喜は、英明の誉れ高く「権現さまの再来」ともいわれています。

将軍後見職の時に、会津藩を京都守護職に任命。
鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が敗北すると、兵を残したまま会津藩主・松平容保たちわずかな側近とともに大坂城から江戸へ帰り、すぐさま謹慎。

「え〜???徳川幕府って本当に負けちゃうの??」
って、まだまだ思われていました。
こんなことしなかったら、もしかしたら鳥羽伏見の戦いで勝っていたかもしれないのにね・・・。たらーっ(汗)

その変わり身の早さから「百才あって一誠足らず」と評されています。
ホント、周りが・・・先が見えていたんでしょうね。。。失恋


徳川慶喜は、明治になってずっと後に、子息に対して次のように語ったと伝えられています。

「あの時は、ああするより他なかった。やっぱり、あれが一番よかったんだ」

「あの時」というのは、もちろん、彼が行った大政奉還のこと。。。あの時代のこと。。。


色んな人を巻き込んで・・・でも慶喜は生き残ります。
どんな気持ちで明治を迎えたのでしょうか???
やがて大日本帝国憲法ができあがったとき、彼はそのことを大変に喜んだといいます。
諸外国と比べて遜色のない、近代国家としてのさまざまな要件を整えた憲法ができあがったと。


「ナンバー1の苦悩〜徳川慶喜〜」はこちら

「徳川慶喜将軍のナンバー2〜勝海舟〜」はこちら


最後の将軍 徳川慶喜

徳川慶喜と水戸藩の幕末 『徳川慶喜公伝』と『昔夢会筆記』を読む

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posted by ちゃーちゃん at 20:19| Comment(0) | 八重の桜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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